本書はアメリカの法心理学者、ダン・サイモンによるIn Doubt: The Psychology of the Criminal Justice Processの翻訳である。In Doubt という言葉は直訳すると「疑わしい、不確かな」という意味になる。では、本書では何が疑わしいとされているかというと、被疑者の特定から裁判に至る刑事司法手続きとその仕組みが保証する正確性である。
本書は刑事司法手続きの始まりから終わりまでを俯瞰しており、このような問題に関わるほぼすべての当事者(被疑者、被害者、目撃者、警察官、弁護人、検察官、裁判官、陪審員)に生じうる心理学的問題について述べる。
特に、証言の正確性や虚偽自白の問題など、人間の認知能力の限界に基づく事項に焦点をあて、膨大な実験心理学的知見を論拠に、記憶、知覚、推論といった人々の心の働きがいかに歪みやすく、またそれを見抜いて正すことがいかに難しいかを、取り調べや裁判の流れに沿って紹介している。
本書には統計学や心理学の用語がでてくるものの、それぞれ丁寧に解説されており、そういった分野の予備知識がなくとも、十分に読み進めることができる。また100ページ以上にわたる詳細な注は、最新の心理学的知見だけでなく過去の判例や調査なども取り上げており、アカデミックに携わる法学者や実務家だけでなく、初学者の見識を広める手助けにもなるであろう。
最後に、弁護士の高野隆氏による本書の解説を引用して、紹介の締めくくりとしたい。「日本の刑事弁護士が本書が提供する知見を武器にしてこの国の刑事裁判の真実発見機能の改善になにがしかの貢献をすることが期待されるのである」。
勁草書房編集部ウェブサイトにて、「監訳者はじめに」と「第1章」の冒頭部分を公開中(https://keisobiblio.com/2020/01/30/atogakitachiyomi_sonoshogen/)。
(2020年02月21日公開)