『治療的司法の実践――更生を見据えた刑事弁護のために』


情状弁護の教科書となるべき一冊

1 治療的司法に関する必携の実践書

 まず申し上げたいのは、本書は、日々情状弁護に取り組む弁護士にとって、必携の書籍であるということである。

 本書は、タイトルのとおり刑事弁護における治療的司法の実践についての書籍である。治療的司法とは、未だ耳慣れない言葉かもしれないが、英語 “Therapeutic Justice”の和訳であり、本書序文によれば、「司法手続の中での単なる法的解釈や紛争解決に留まらずに、紛争や犯罪の原因となった問題の本質的な解決に向けて、必要とされる福祉的支援や医療・その他のサポートを提供する司法観(司法哲学)」のことである。そのため、「治療的」といっても医療に限られているわけではない。

 治療的司法は、80年代にアメリカで生まれた司法観であり、ドラッグ・コート(薬物専門法廷)に代表される脱刑罰志向の問題解決型裁判所が世界に展開されるなか、その理論的支柱となっている。治療的司法を日本に紹介したのが、本書の監修者である成城大学の指宿信教授であり、本書は、指宿教授をはじめとする治療的司法研究会のメンバーが中心となって執筆された。

2 各事件類型別22実践例の紹介

 本書は、大きく「実践編」と「理論編」とに分かれているが、本誌の読者の興味を惹くのは、やはり前者であろう。

 実践編においては、薬物、窃盗、暴行・傷害、放火、性犯罪、ストーカー、少年の各事件類型別に、合計22ケース実践が紹介されている。執筆しているのは、主に50期台後半~60期台前半の、すでに本誌でもおなじみの弁護士たちである。

 どのケースの被疑者・被告人も、依存症、知的・精神等障害、認知症、窃盗症、貧困、その他さまざまな生きづらさを抱えており、漫然と終局処分や判決を迎えても何の解決にもならない、従来型の情状弁護では歯が立たない案件ばかりである。

 そのような案件に、各弁護士は、福祉、医療、依存症回復施設、行政等と連携し、時には裁判官や検察官すら巻き込んで、事件の背景にある被疑者・被告人の生きづらさを解消しようと果敢に挑んでいる。その結果、終局処分や判決において目覚ましい成果を上げたケースもあれば、日本の刑事司法の苦い現実を突きつけられたケースもある。

 もっとも、治療的司法の主眼が問題の原因の根本解決(刑事事件の場合は、被疑者・被告人の生きづらさの解消)にあることからすると、いずれのケースも治療的司法のモでル的な実践例であるといえよう。なにより読者は、各弁護士の創意工夫に舌を巻き、その熱意と行動力に心を打たれるであろう。

3 治療的司法に関する研究内容等を紹介

 理論編は、法学者、社会学者、心理学者等の研究者を中心とした7名がそれぞれのテーマ別に治療的司法に関する研究内容等を展開する。個々について十分に紹介できないのが残念であるが、いずれも弁護士があまり持たない視点から展開されており、治療的司法を深く理解する一助となろう。

 また、幕間に挿入される各コラムも充実している。

4 各事例の弁護活動が具体的・詳細に記載

 情状弁護について書かれた書籍には、肝心なところが抽象的にしか書かれていないものや、精神論に終始しているものが多いなか、本書の優れているところは、各事例における弁護活動の内容が具体的かつ詳細に記載されているところである。これだけでも、刑事弁護に携わる弁護士にとって大変有用なものとなろう。

 しかしながら、本書の価値はそれだけにとどまらない。本書によって治療的司法という考え方を十分に理解し、当該被疑者・被告人の問題を解消するために何が必要かという視点を身に着けることができれば、まったく見知らぬ類型の、一見すると有効な弁護活動が困難な案件でも、何らかの突破口を開く力が得られると思われるからである。

 また、コラムでも触れられているとおり、問題の根本解決を志向する治療的司法は、情状弁護のみならず、広く家事事件や債務整理等の分野にも展開できる可能性に満ちている。

 本書は、令和の時代の情状弁護の教科書となるべき一冊である。筆者は、今後「どうやって弁護したらいいのかわからない」と頭を抱えている若手を見つけたら、そっと本書を差し出そうと思う。

山田英男(やまだ・ひでお/神奈川県弁護士会)

〔季刊刑事弁護99号152頁より転載〕

(2019年11月12日公開) 


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