更生支援は支援者と当事者の協働関係から生まれる
1 大切な人が大きな失敗をしたとき、どうする?
人は、必ず間違いを犯す。自分の家族、恋人、友だち、大切な人が大きな失敗をしたとき、あなたはどうするだろう。失敗を質すだろうか。原因を問い詰めるだろうか。再発防止のためのプログラムを受けさせるだろうか。逆に、自分が失敗をした側であったら、そばにいる人に、どうしてほしいだろう。本書を読みながら、そんなことを考えた。
本書は、現在は検察官となった筆者が、ロースクールおよび修了生リサーチペーパーとして執筆した2本の論文をまとめ、加筆・修正したものである。聞けば、中学2年生の際の裁判傍聴がきっかけとなって更生支援に興味を持ち、法曹を志したのだという。
2 「協働モデル」を理論的に検討し、精緻化
本書のベースになっているのは、そんな筆者が、非行少年や刑務所出所者の相談に乗ったり、就労支援・生活支援等をしている民間団体や更生保護施設等で行ったフィールドワーク、多くの関係者へのインタビュー、自らの路上生活者支援のボランティア活動である。
そのような実践の中で、筆者が掴み取った更生支援の本質は、伴走者(支援者)の必要性と人間関係の改善、コミュニケーションを通じた当事者と伴走者双方の相互変容をその内容とする「協働モデル」である。これまでの更生支援のあり方は、ともすれば正義と悪の二項対立、支援者と被援助者という分断構造の中で、加害者を断罪し、あるべき回復者像、向社会性を強制する支配関係に陥りがちであった。筆者はそれを、当事者のみでなく、伴走者、家族、社会もまた同様に変わっていくことへパラダイムシフトさせることが必要であると繰り返し説き、「再犯防止をやめれば再犯は減る」と高らかに宣言する。そして、本書では、この「協働モデル」を、犯罪学、福祉学、社会学等の隣接する人間行動科学の多くの文献、先行研究を踏まえて理論的に検討し、精緻化する。さらに、本書の後半に特徴的なのは、単にそのような理論の提案にとどまらず、「協働モデル」を実現するために、「更生エキスパート構想」「ピア・コンサルティング」のビジネスモデルまで提示されていることである。
3「協働モデル」を、どのように実現していくか
伴走者、相互変容と言葉にしてみると、なんだ、そんなことかと思うかもしれない。しかし、それを陳腐なものとしていないのは、筆者の確かな経験や、緻密で膨大な調査、分析に裏打ちされた信念である。筆者は、きっと、名前を紹介した人以外にも多くの人から話を聞いている。多くの当事者に向き合っている。文章から、ページから、その名もなき人たちの息づかいが聞こえてくる。法学の書物には少ない、リアルな肌触りがそこにはある。普段、弁護士として、当事者や支援者と接している私も、もっといろんな人に会いたい。いろんな話を聞きたい。いろんなものを見たい。そして、昨日まで思ってもみなかった新しいことを考えられるようになりたい。そんな気持ちにさせられる。
そして、冒頭に記した問いに立ち戻る。人は誰しも間違いを犯す。それが自分のまわりの人だったら? 自分自身だったとしたら? そのとき、自分や自分の大切な人のためであれば「協働モデル」を求めるのではないか。社会の側が考える、あるべき更生の基準を満たした人にだけメンバーシップの特典を与え、それに適応しない者は排除してしまうというのではなく、コミュニケーションによる相互変容を通じて、人間の可能性を発見し、「私たちがそこにいたいと思う社会を私たちでつくっていきたい」筆者が締めくくりに述べる、そんなことを思う。
もちろん、本書で解決できていない問題もあるだろう。「協働モデル」をどのように実現していくか、「更生エキスパート構想」「ピア・コンサルティング」はビジネスモデルとしては荒削りである。それでも、それだからこそ、本書の魅力は失われていない。
4「再犯防止推進法の時代」に勇気を与える
刑事弁護を担当するとき、私たちは事件に囚われがちだ。判決が出れば仕事が終わる。しかし、そこから自由になり、刑事法の世界に伝統的な事件単位の枠を拡げ、事件後のその人の人生にも思いを致し、私たち自身が暮らす社会のあり方を考えることも、私たちにはできる。本書は、そんなロマンティックな営みに、具体的なヒントと、あと一歩を踏み出す勇気を与える一冊である。「再犯防止推進法の時代」に、このような書物が著されたことを素直に喜びたい。
中田雅久(なかた・まさひさ/第二東京弁護士会)
〔季刊刑事弁護98号・166頁より転載〕
(2019年05月24日公開)