死刑存廃論の最新の現状とその理解が得られる一冊
本書は、判例時報2426号(2020年)から開始した「連載 死刑制度論のいま──基礎理論と情勢の多角的再考」を加筆・修正して単行本化したもので、「第1章 巻頭言」に始まり全8章で構成されている。わが国の刑事法研究において秀逸とされる8人の研究者が、その存廃に関してなかなか解決が見い出すことができない「死刑制度」について、それぞれの視点から見解を著したものである。
第1章は、大谷實・同志社大学名誉教授が担当している。
ここでは、これまでの死刑存廃の議論を検討した後、存廃論の論点は①威嚇力の存否、②誤判の処理、③国民の応報感情の三点に帰着すると指摘する。③をいまだ解決できない最大の課題とする。大谷は、「国民の大多数が、死刑を残虐な刑罰と感ずるようになるまで、現在の状態を放置してよいのか」「重大犯罪を抑止する効果はないのに、いわば見せしめとして、国民の処罰感情を満足させることだけを目的として死刑を処してもよいのか」と問う。
しかし、大谷は、世論調査にあらわれている死刑存置の国民意識から死刑廃止の時期尚早論を展開する。
一方、死刑廃止の根拠を「あらゆる価値の根源は具体的な一人一人の個人にあり、極悪非道の凶悪犯であっても、一人の個人として尊重されなければならない」とする憲法が原理としている個人主義に求める。
このように、いわば現実と人間の本質論との間を行き来しながら、死刑廃止の取組みを検討する。最後に「現在最も求められているのは、死刑容認の世論を変えること」であると結論づける。その方法として、死刑囚の処遇実態、死刑執行過程の苦痛と恐怖についての情報公開をあげる。
「第2章 死刑制度の存廃をめぐって──議論の質を高めるために」(以下、初出を明示する。判例時報2428号)で井田良・中央大学大学院教授が学術的議論から「お払い箱」にすべき論拠を批判的に検討する。罰は「控え目に」科すべきことを前提とする廃止論は「腰砕け」であり、被害者感情という私益と刑法が守るべき公益との区別を曖昧なままに唱える廃止論も「存置論に抗するポテンシャルをもたないものに堕している」と手厳しい。
そして誤判こそが、わが国の死刑制度の正当化を最も困難にしていると指摘する。
「第3章 刑罰の正当化根拠と死刑」(同2430号)で松原芳博・早稲田大学教授も正当化根拠として応報、一般予防、特別予防の観点があるとする。凶悪犯人でも悔悛する者はいるので国の経済的負担を理由に人間の生命を絶つことは文化国家において許されないとし、「加害者の処罰では被害者遺族は救われないという認識」が被害者遺族救済の出発点であると指摘する。
「第4章 死刑執行と自由権規約6条4項の保障」(同2433号)で福島至・龍谷大学名誉教授が「生命権の保障」から死刑を廃止すべしとして、その根拠として人権規約を提示する。わが国で「事も無げに」行なわれている再審請求中や恩赦出願中の死刑執行を批判して、誤判による生命侵害の危うさも指摘して、こうした請求や出願をしている死刑囚の死刑執行を禁止するルール化と共に恩赦委員会への上申権も認める恩赦法の改正を訴える。
続いて、渡邊一弘・専修大学教授が「第5章 エビデンスに基づく死刑制度論の模索」(同2434号)で犯罪学的観点から死刑の適用基準など制度運用に関する実証的研究の検討を行う。「永山基準」以降の現状や量刑の実証的研究等々に言及して、罪刑均衡や応報感情、国民の処罰感情といった未共有の要因があり、方法論的にこれらを明確にする努力が死刑制度論の前進に寄与するとする。
「第6章 死刑制度論における世論の意義」(同2441号)で本庄武・一橋大学教授が存置論の最大の根拠とされる世論との関係を分析する。最高裁判例を採り上げて世論の決定的な役割を指摘し、国民世論によって死刑制度を改革できた国は皆無であるなか、場合によっては政治主導によって行なうことも民主主義には反しないとする。そして「皮肉なことに(中略〉裁判員制度によって、死刑の適用においては世論が重視されていないことが可視化されつつ」あり、これは「死刑存置の根拠が本当に世論にあるのかを疑わせる」し「存置し続けることの正当性自体を掘り崩すことになる」と指摘する。
手続法の観点から、「第7章 再審請求中の死刑執行と再審請求手続」(同2465号)で葛野尋之・青山学院大学教授がわが国では不利益再審が憲法上許されないから再審は誤判からの「無辜の救済」であるとして、これは誤判を受けない権利に依拠して「個人の尊厳ないし人格の自律性の尊厳という根源的価値に由来する」ものであるとする。こうした請求権は十全に保障されなければならなし、これを不可能にする刑の執行は違憲、違法であると指摘する。さらに、これを保障するためには検察官も刑の執行停止という義務を負い、また請求人が死亡したとしても現行刑訴法に基づき遺族等によりこれが認められると説く。
最後に、椎橋隆幸・中央大学名誉教授が「第8章 死刑の認定・量刑に必要な適正手続とは何か」(同2468号)で合衆国最高裁が採用する「死刑事件に要求する手続要件(スーパー・デュー・プロセス)」を採り上げて、死刑事件では非死事件より被告人の人権保障のためにより「手厚い手続」が要求されるとする。しかし、わが国では、死刑事件は特別なものとは考えられていないため、早急にこうした手続的保障が実現されるべきだと説く。
話が専門的である分、読破するには努力を要する著作であるが、人の生命を国家によって断絶させるという死刑の正当性やわが国におけるその廃止向けた理解を得ることの難しさを考えさせられる一冊である。是非、多くの方々が手に取ることを望んで止まない。
(ま)
(2023年04月14日公開)