裁判官の不正によってつくられた冤罪
和歌山カレー事件は、今から26年前の1998年7月25日、和歌山市内の町内会の夏祭りで起こった。何者かが、お祭り参加者に提供するために作られたカレーを入れた鍋に大量の亜ヒ酸を混入し、死者4名を含む多数の急性ヒ素中毒を出した。近所に住む林眞須美さん(当時37歳)が、その犯人として逮捕され、殺人と殺人未遂の罪で起訴された。2002年、和歌山地裁で死刑判決、2005年、大阪高裁の控訴棄却、2009年、最高裁の上告棄却で死刑が確定した。
しかし、現在まで一貫して無実を訴えている。再審は2次まで請求されたが、いずれも棄却されている。2024年3月、第3次再審請求がなされた。その弁護団は、安田好弘弁護士らによって構成されている。
死刑判決の根拠となったものは、①林さん宅とその周辺から発見されたヒ素と、カレー鍋に残留していたヒ素とが同一である、②林さんの毛髪から検出されたヒ素と、カレー鍋に残留していたヒ素が同一である──との科警研ヒ素鑑定などであった。それを裏付けたのが東京理科大学の中井泉教授などの鑑定である。
筆者は、京都大学名誉教授で、世界的にも著名な分析科学の研究者である。前著『鑑定不正──カレーヒ素事件』(日本評論社、2021年)で、科警研のヒ素鑑定の誤りを指摘し、ヒ素は検出されていなかったという驚くべき事実を明らかにしている。
本書では、確定第一審から最高裁までの裁判記録、再審記録、そして虚偽鑑定書を提出したことに不法行為があったとして中井教授らを林さんが訴えた損害賠償訴訟の記録などを丁寧に読み込むことからはじめている。その中から、ヒ素鑑定の誤りを確定第一審の裁判官は認識していたが、1,000頁に及ぶ判決書の中で周到にそのことを触れていなかった事実を発見する。
「冤罪は、一人の捜査官の不正によるものではなく、軽率な大学教授のアドバイスやそれを『何とかしてくれる』鑑定人や裁判官の不正などが複雑に絡み合った結果だったのだ」(本書4.6節)
本書は、以上の点に迫るものである。
分析化学の表現など少々難解な箇所があるが、本書から間違った科学鑑定のおそろしさ、それを追認する裁判官の冤罪を読み取ることができる。
(な)
※本書の前半は、本サイトでの連載「和歌山カレー事件 刑事裁判のヒ素鑑定の誤りを見抜いた民事裁判」をもとにしています。あわせて、ご覧ください。
(2024年12月17日公開)