本書の物語を貫く問題意識は人種差別である。40年に及ぶ著者の弁護士としてのキャリアを通じて経験した、有色人種に対するアメリカの司法制度に内在する差別を浮き彫りにする事件の推移や裏事情を書き記した。不条理で構造的な人種差別に直面しながらも、果敢に権力に立ち向かう人々とそれを支えた法廷弁護士たちの涙あり笑いありの珠玉の物語である。
アメリカには、黒人に限らず有色人種に対する白人による構造的な差別が存在する。法制度のうえでは、アメリカ合衆国憲法の下で「法の下の平等」が高らかに謳われている。しかしながら、実際には、司法へのアクセスや事実審理の場での根強い偏見、差別意識が厳然として存在している。そして、それが、あたかも当然の前提であるかのように市民にも浸透している。アメリカにおいて陪審裁判を担うのは、一般の市民である。当然に、市民の間に浸透している差別意識と被差別意識とがある。いかに制度的に偏見を有する者を陪審員から排除する方法を考案したとしても、市民の意識の中に深く根を下した差別意識を取り除くことは容易なことではない。
著者は、陪審裁判がさまざまな弊害を抱えた刑事司法制度であることを認めながらも、その枠内で可能な限り「真実」と「正義」に到達するために多くの創意工夫を試みる。そして、弁護技術ではなく、人間としてのありのままをさらけ出して陪審員を説得することが最も「真実」と「正義」にたどり着く道であるという教訓を強調する。
本書には、原著にはない多数の注釈を加えた(特に、わが国とは異なる法制度や法律用語については簡単な解説を書き加えた)。本書全体を通読すれば、民事・刑事を問わず、アメリカの陪審制による事実審理の流れがおぼろげながらでも理解できるであろう。
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(2024年11月13日公開)