官民協働の刑務所プロジェクト(PFI刑務所)にはさまざまな困難がともなった。幾度にもわたる地域住民への説明会、役所内での調整など。創設後は、社会復帰・再犯ゼロをめざし、先進的な教育・職業訓練プログラムで、官民の職場文化の違いを乗り越えてきた。本書では、元刑務官が、プログラムの実例に触れながら、あたらしい刑務所の試みを紹介する。
第一部 再犯防止への取組み状況 |
はじめに
二〇一七(平成二九)年二月二八日、日本財団職親プロジェクト(*1)全国大会が大阪で開催されました。私は大阪矯正管区長として出席したのですが、懇親会が始まる前に、島根あさひ社会復帰促進センターの出所者が、私を見つけるや駆け寄って来て、こう言ったのです。
「センター長、僕再犯してません」
私は三八年間の刑務官(*2)人生の中で、出所者に声をかけられたことがなく、大変びっくりしたのですが、同時に非常に嬉しく思いました。しかし、後から考えると、数年振りに会った人からの第一声が「僕再犯してません」の言葉では、寂しくなりました。彼はいつも心の片隅にこの言葉を抱いて生活しているのだろうと思いました。
再犯防止は矯正だけでなく、政府の施策にもなりましたが、それは大変大きな命題です。私は刑務官として勤務している間に、一人でも私の影響を受けて更生し、社会復帰してくれれば、私の刑務官人生は成功だと思っていました。ですので、定年退職する年に大きなサプライズをいただいたと思いました。
そこで、受刑者を改善更生し、社会復帰させ、もって再犯防止を図ることを目的の一つとしている刑務官の仕事について、書き留めようと思ったのです。本書は、私が実際に行ったことを中心に書いているので、矯正全体の考えと違う面もあるかもしれませんが、その点はご容赦願います。
また、受刑者を改善更生させ、社会復帰させるには、刑事施設内の処遇だけでは不十分です。復帰して日々生活する地域や社会は、出所者にとって決して居心地の良い場所ばかりではありません。より円滑な社会復帰、より永続的な再犯防止のためには、地域や社会を対象としての取組みが必要であり、「地域との共生」が重要なカギとなります。その第一歩として、まず刑事施設で何が行われているかを、一般市民の方々に知っていただくことが重要になってきます。そういう意味で、刑事施設が行っている処遇(*3)を中心にお伝えしたいと思います。
*1 企業の社会貢献活動と連携し、少年院出院者や刑務所出所者に就労と住居、教育、 仲間作りの機会を提供することで、更生と社会復帰を支援するとともに、 再犯率低下の実現を目指す団体。二〇一三(平成二五)年二月二八日に設立された。
*2 刑事施設に勤務する公安職俸給表(一)の適用を受ける法務事務官のうち、法務大臣が指名する職員をいう。刑務官の階級は、看守、看守部長、副看守長、看守長、矯正副長、矯正長及び矯正監からなる。
*3 矯正行政の目的を実現するために、矯正職員による被収容者の取扱いの方法をいう。広義では、被収容者に対する日常生活の取扱い、収容確保のための規律維持作用、社会復帰に向けた教育作用の全般に及ぶ取扱いがある。
(2020年05月22日公開)