刑事司法の課題と ビジョンの俯瞰、仰望
1刑事司法をめぐる課題を把握し導きの糸となる
本書は、現状の刑事司法の課題と今後の在り方について検討するシリーズである。犯罪の発生に関わる諸問題から、刑事手続、そしてその後の処遇に至るまで、刑事手続を扱うが、とくに犯罪学・刑事政策・心理学も視野に入れている。なかには高度な内容に踏み込んでいる論稿もあるが、総じて平易な表現で書かれており、読み通しやすい内容である。刑事司法をめぐる議論状況を俯瞰し、何が課題になっているのかを把握するとともに、より深く理解するための導きの糸となるシリーズだといえる。
2各巻ごとに独自のテーマ
第0巻「刑事司法への問い」は、刑事司法のユーザーともいうべき、さまざまな立場の関与者の生の声が収録される。「さまざまな立場」であるところが、第0巻の重要な点だろう。刑事司法制度が関与者や一般市民の納得を調達する必要があるのだとすれば、多岐にわたる課題の提示はその出発点にあたる。読者が鮮烈に問いを突きつけられる充実した巻だといえる。刑事司法に関わった経験を有する各執筆者が、問題だと感じていることや、知ってほしいと思っていることを、その体験等に裏づけられた形で凝縮した言葉を紡いでおり、一気に通読できる。また、編集委員の座談会も収録されており、本シリーズにおける問題意識が鮮明に表現されている。
第1巻は、心理学的知見や法律家の視点から供述の証明力評価の在り方を問う「供述をめぐる問題」を扱う。とくに第Ⅲ部「供述から何を読み取ることができるか」が、具体的な事件を通じて、各論者が心理学的アプローチの骨子を説明しており、興味を惹く。弁護人にとっても、心理学の知見が実践例と結びつけて理解できる点で、有益だろう。
第2巻は、科学的捜査や捜査段階での良質な供述の確保手段、そして弁護活動の実践や展望に関わる「捜査と弁護」を扱っている。弁護人の目線で編まれただけあり、全体的に科学的証拠の限界や、そして取調べの録音録画や協議合意制度に対する弁護活動の在り方、障害者事件・少年事件・死刑事件といった事件の性質に応じた弁護活動の在り方が論じられている。また、同巻の第Ⅱ部「人の供述と犯罪捜査」は、第1巻の心理学的アプローチの内容を補完している。
第3巻は、制度を動かす人々の認識と行動様式をさまざまな視点から分析する「刑事司法を担う人々」である。警察、検察、被疑者・被告人、弁護人、裁判官、裁判員、通訳、鑑定人等の各関与者の特色や課題が示される。村木厚子「被疑者・被告人にとっての刑事司法」が、2016年刑訴法改正に関与した経験をも振り返って、通常の行政分野に比して、刑事司法分野では、「物事を考える上での基礎的、客観的データが乏しく、また、調査、情報公開をしていくことに極めて消極的」であり、弁護側、検察・裁判官側双方とも主張の根拠を有効な形で示せていなかったと指摘している点が、印象に残る。
第5巻は、裁判所の事実認定や裁判員裁判の運用の在り方、上訴・再審制度の在り方を分析する「裁判所は何を判断するか」であるが、裁判官の基本的な事実認定・量刑判断の在り方や、裁判員裁判における評議の課題等が論じられており、とくに刑事弁護に習熟していない弁護士にとっては有益であろうし、それ以外の弁護士にとっても整理された論述が有益であろう。
第4巻は、犯罪被害者の保護・支援の在り方を分析する「犯罪被害者と刑事司法」
第6巻は、少年非行の情況や日本の刑罰制度の特色、再犯防止や犯罪者の立ち直りのための施策の在り方、犯罪予防について分析する「犯罪をどう防ぐか」となっている。
3若い弁護士の方々にお勧めしたい
刑事手続を直接に扱わない、第6巻の犯罪学・刑事政策にかかる諸論稿が、本シリーズには収められているのは、刑事司法が被告人らの抱える問題を改善するために存 在するという問題意識を、表現しているのだろう。「判決まで」のみならず、「判決から」のことも視野に入れることの意味を感得できるものだと思う。
また、本シリーズが示す広範な論点の所在は、刑事弁護が専門化されていくことを感じさせる。取り上げられてい る内容の多くは、さらに深く理解しようとするのであれば専 門的な論文を参照する必要があろうが、先端的な弁護実 務や理論動向について広くエッセンスを知ることができるだ ろう。とりわけ若い弁護士の方々に、鋭敏な感覚をもって 本シリーズを味読することをお勧めする。
緑大輔(みどり・だいすけ/一橋大学准教授)
(2019年02月21日公開)