
2月2日(日)、8校が参加し第5回オンライン高校生文学模擬裁判選手権が開催された。今回は芥川龍之介『羅生門』をモチーフにした教材である。
優勝は中央大学杉並高等学校(2年ぶり3度目)、準優勝は神⼾海星女子学院⾼等学校(初)、3位は同点で創志学園高等学校、森村学園高等部の2校であった。
中央大学杉並は3名のジャッジが全員「冒頭陳述にて、強盗罪・緊急避難の構成要件をわかりやすく示した上で、本件での交野さん(被告人)の行為がそれらを充足していないという主張を明示した点がよい。これから何を主張するのかがよくわかった」という評価であった。「後の論告のわかりやすさに貢献するような冒頭陳述だった」というコメントもあった。チームワーク、弁論の構成、異議出し、被告人の演技力など弁護チームの評価も安定していた。同校HPには準備の模様が報告されている。
「年末年始も2年生の研修旅行中も入試休み期間も音楽祭の練習後も、オンラインや対面で頻繁に集まり、日々この事案についての話し合いを繰り返し、何度も論告弁論の推敲を行い、皆で確認し……本番の直前(ほんとに数秒前)まで、”今やれること”を自分達なりに取り組んできました」(「第5回オンライン高校生文学模擬裁判選手権優勝」中央大学杉並高等学校のHPより)。
教材が発表された秋から全員でコツコツ努力を重ねてきたことが窺え、「優勝」にふさわしい準備ぶりであったといえよう。
3位入賞の森村学園は3名という少数にも関わらず、尋問質問とも非常に練られていた。中大杉並以外に検察側・弁護側双方とも唯一200点越えで、得点差がほとんどないのは、森村学園だけであったことからも、ある意味一番首位に肉迫したチームだったといえる。槍投げ金メダリストの北口榛花選手の母校で知られる旭川東高校だが、実際に指導に訪れた3日前はかなり厳しい状態であった。しかしその後の頑張りが功を奏し、2名のMVPを輩出した。高校生の可能性を自ら立証したといえる。2日夜、MVPの一人T君より「今回の企画は本当に唯一無二の力がつく、自分にとっては最高の学びの場でした!」というメールが届いた。
今回の争点は強盗罪か緊急避難かであった。専門家からすれば『羅生門』の下人の行為が緊急避難にあたる、と主張することは「馬鹿げた」話であろう。しかし当時の鴨長明『方丈記』には、飢え死にする人は道端に数えきれないほどおり、仁和寺の隆曉法印という人が数えると4万2,300余人となり、仏像を盗んで砕き薪として売ったり、法どころか神も仏もない、夫婦で思いの勝るほうが先に死ぬ、とまで記されている。もしこのような世界で生きていたらどうふるまうのだろうか? 悪事を働かないと言い切れるのであろうか? どこまでも「正義」を貫けるのだろうか? 現代の世の中を考えたなら、法律的に「緊急避難」が成立しないのは当たり前である。しかし、時代は平安末期から鎌倉初期にかけての時代の過渡期、世紀末である。下人の抱える「孤立」「貧困」は決して中世の話とは限らない。「孤立」や「貧困」がもたらす「犯罪」は現代的な問題でもある。
全体的にどのチームもよく準備されていたが、「元気すぎる」老婆や下人が多く見られた点は残念であった。
大会の趣旨は「18歳からの裁判員を見据えつつ、勝敗だけでなく、教材の持つテーマについて参加者全員が対話して市民性を養い、問題意識を深める場とする」としている。模擬裁判の技術の向上、法的知識の獲得といった資質や能力の向上を目的とすることは、日弁連や地域の弁護士会の大会にお任せするとして、本大会で大事にしたいのは「『羅生門』という文学教材を使った模擬裁判を通じて、何を考えて、何を深めたのか、人間や社会についてどう考えたのか」という点にある。
「『羅生門』は、善悪の基準が揺らぎやすい人間の心理や、社会の不安定さの中での行動原理を描くことで、現代においても『倫理とは何か』『極限状態に置かれたらどう行動するのか』という本質的な問いを私たちに投げかけている」とは、ある参加生徒の振り返りである。人間や社会への深い洞察があっての資質や能力という考えを崩すことなく、時代に迎合せず、「役に立たない」といわれる文学を軸にしつつ、高校生に魅力ある模擬裁判の大会運営を今後も模索していく所存である。
なお、本大会の趣旨に関わる拙著が出版されたので最後に紹介しておく。
『文学模擬裁判のつくりかた──国語科と公民科をつなぐ。』(清水書院、2025年1月)
◯出場校(五十音順)
岡山県立岡山操山高等学校(岡山県)
神⼾海星⼥⼦学院⾼等学校(兵庫県)
神⼾⼥学院⾼等学部(兵庫県)
上智福岡⾼等学校(福岡県)
創志学園高等学校(岡山県)
中央大学杉並高等学校(東京都)
北海道旭川東高等学校(北海道)
森村学園高等部(神奈川県)
(文責 札埜和男)
(2025年02月28日公開)