〈袴田事件・再審〉無罪判決をめぐる検事総長談話に袴田巖さんの弁護団が抗議、撤回を要求/袴田さんも参加し「無罪判決報告集会」

小石勝朗 ライター


集会参加者からの祝福に手を挙げて応える袴田巖さん(左)。姉の秀子さん(右)が寄り添った=2024年10月14日、静岡市葵区の静岡労政会館、撮影/小石勝朗

 「袴田事件」で死刑が確定していた元プロボクサー袴田巖さん(88歳)の再審(やり直し裁判)で静岡地裁が言い渡した無罪判決をめぐり、検察が控訴断念を発表した際に出した検事総長談話について、袴田さんの弁護団は10月10日、「冤罪と考えてはいないということで到底許しがたい」と非難する声明を発表した。翌11日に最高検に対し、談話は「きわめて不当」として強く抗議するとともに、速やかに撤回するよう文書で申し入れた。袴田さんへの直接の謝罪と事件の検証も求めている。

「反省がなく謝罪になっていない」

 検察が10月8日に出した畝本直美・検事総長名の談話は、9月26日の無罪判決に控訴しないと表明する一方で、「判決は、その理由中に多くの問題を含む到底承服できないもので、控訴して上級審の判断を仰ぐべき内容である」と異を唱え、5点の衣類が捜査機関による捏造証拠だとの認定に対し「強い不満」を明記していた(検事総長談話の内容は、こちらの記事をご参照ください)。

 弁護団の声明は「無罪判決が確定すれば誰もが元被告人を犯人として扱ってはならないのは、法治国家であれば当然」と前置きしたうえで、談話が無罪判決に「強い不満」を表明し「控訴すべき内容」との受けとめを示したことに対し、「法の番人たる検察庁の最高責任者である検事総長が、無罪判決を受けた巖さんを犯人視することであり、名誉棄損にもなりかねない由々しき問題」と強い言葉で糾弾した。

 また談話が、再審の審理が長期化した理由として「再審請求審における司法判断が区々(まちまち)になったこと」(筆者注:再審請求が認められたり棄却されたりしたこと)を挙げたのを「裁判所に責任を転嫁した」と批判。それによって袴田さんが「相当な長期間にわたり法的地位が不安定な状況に置かれてきたこと」についてだけ謝罪の意を表したのに対して「他人事のような表現で、巖さんに対する非人道的な取調べや5点の衣類の捏造についての反省すらなく、何ら謝罪になっていない」と切り捨てた。

捜査・公判手続き全般の厳正な検証を

 再審公判で最大の争点になった長期間味噌に漬かった血痕の色合いをめぐり、弁護側証人の学者が解明した黒褐色化する化学的機序に関して、検察は「抽象的な可能性論を述べるに終始したことから(判決で)主張が排斥された」と分析。こうした点から「無罪判決は検察の主張立証が完全に誤りだったことを明らかにしており、検察には法律上、控訴の理由など全くなかった」との見方を示し、検事総長談話は「単なる強弁に過ぎない」と断じた。

 そのうえで、検察は有罪立証の判断の誤りを率直に認め、袴田さんに直接謝罪するよう求めた。また、無罪判決が認定した違法な取調べや5点の衣類などの捏造を、深刻に受けとめることが必要だと指摘。重大な冤罪が生じ無罪判決までに事件から58年を要した原因を明らかにし、同様の事態を二度と繰り返さないためにも、検察はこの事件の「捜査・公判手続き全般にわたって厳正かつ真摯な検証をすべきだ」と強調した。

 弁護団は翌日に検事総長に宛てて提出した抗議・要請書でも、談話の速やかな撤回と袴田さんへの直接の謝罪とともに、捜査・公判手続きの全般にわたる検証を要請した。

「完全な無罪が実った」と袴田さんが挨拶

 再審無罪判決が確定したことを祝う「完全無罪判決報告集会」が10月14日、静岡市で開かれた。袴田巖さんの再審無罪を求める実行委員会(支援9団体)が主催し、約250人が参加。弁護団のメンバーとともに、再審請求審で弁護団の委託を受けてDNA鑑定をした本田克也・筑波大名誉教授(法医学)、袴田さんの供述鑑定をした浜田寿美男・奈良女子大名誉教授(心理学)も姿を見せた。

 ハイライトは袴田さんの登場。万雷の拍手に迎えられて車いすで会場に入り、姉の秀子さん(91歳)と壇上でマイクを握ると「長い闘いがございました。私もやっと完全な無罪が実りました」と挨拶した。ボクシングの名誉チャンピオンベルトを巻いたり支援者から花束を贈られたりして、会場の祝福に手を挙げて応えていた。

 秀子さんは「(巖さんは)無罪になったことが、まだ半信半疑でいるようなところがある。皆さんにお祝いしていただいて実感がわくと思います」と参加者に感謝した。

 弁護団のメンバーも1人ずつ発言。無罪判決の解説や検事総長談話への批判のほか、判決を受けて再審法制の改正や取調べの適正化の必要性が語られ、今後の取組みが大切なことを印象づけた。

【袴田事件の再審決定後の動き】は以下を参照(編集部)
〈袴田事件・再審〉検察が控訴を断念、袴田巖さんの無罪が確定/検事総長談話は判決に「強い不満」
〈袴田事件・再審〉袴田巖さんの再審で静岡地裁が無罪判決/5点の衣類など「3つの捏造」を認定
〈袴田事件・再審〉検察が死刑を求刑、弁護団は無罪を主張し結審/判決は9月26日(下)

◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう) 
 朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。


【編集部からのお知らせ】

 本サイトで連載している小石勝朗さんが、10月20日に、『袴田事件 死刑から無罪へ——58年の苦闘に決着をつけた再審』(現代人文社)を著す。9月26日の再審無罪判決まで審理を丁寧に追って、袴田再審の争点と結論が完全収録されている。

(2024年10月17日公開)


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