〈袴田事件・再審〉犯行の動機や袴田さんのけが、パジャマをめぐり検察と弁護団が論戦/第5回公判

小石勝朗 ライター


公判終了後、弁護団と記者会見に臨み笑顔を見せる袴田秀子さん(中央)=2023年12月20日、静岡市葵区、撮影/小石勝朗

 1966年に静岡県清水市(現・静岡市清水区)で一家4人が殺害された「袴田事件」で強盗殺人罪などに問われ、死刑が確定した元プロボクサー袴田巖さん(87歳)の再審(やり直し裁判)第5回公判が12月20日、静岡地裁(國井恒志裁判長)で開かれた。検察が設定した論点③「袴田さんが犯人であることと整合するその他の事情が存在する」をめぐり、検察と袴田さんの弁護団が論戦を展開。袴田さんには事件を起こす動機があり、けがやパジャマが犯行と結びつくと主張する検察に対し、弁護団はいずれも否定し「犯人性は成り立たない」と反論した。

検察「袴田さんは金銭に余裕がなかった」

 検察は、被害者宅の押入れから味噌工場の売上金が入った布袋が3つ持ち去られていたことなどから「犯行は金品を取るためだった」と想定し、怨恨目的とする弁護団に対抗した。そのうえで、袴田さんに「金品を手に入れるための犯行に及ぶ動機があったこと」を取り上げた。

 袴田さんは味噌工場で働いている時に、給料の前借りや質店の利用を繰り返していたと指摘。袴田さんが実家に預けた息子の養育費を毎月渡していたことや、賭け事を好んでいたことを背景として挙げ、「決して金銭に余裕のある生活をしていたものではない」との見方を示した。被害者の味噌会社専務が月末に売上金を自宅に持ち帰っていることを知っており、事件の前月には同僚にその金額を尋ねるなど「売上金を意識していたことが推認される」と述べ、袴田さんには動機があったと立論した。

 犯行に使われた凶器については、遺体のそばに刃が落ちていたクリ小刀との前提に立ったうえで、袴田さんが静岡県沼津市の刃物店で購入したことがうかがえると主張した。根拠として、同店では同種のクリ小刀を販売しており、事件の2週間後に警察官が店員に味噌工場の従業員の顔写真28枚を示したところ「見覚えがある」と言って袴田さんの写真を選んだことを挙げた。

中指の傷は犯行時に負った

 袴田さんが事件当夜に負った左手中指の切り傷をはじめ複数の傷も「犯行時に生じた」と断じた。袴田さんは中指の傷を、事件による火災の消火活動の際に「トタンかガラスで切った」と説明したが、検察は事件の4日後に診察した医師が傷の状態から「刃物など何らかの鋭利なもので形成された」と判断していると強調。けがの原因に関する袴田さんの供述が変遷しているとも指摘した。事件当夜に負った傷が10カ所ほどあることも「犯行時に被害者の抵抗に遭ったことと整合する」と見立てた。

 起訴前日の身体検査で記録されている右足の脛の傷は、逮捕当日の身体検査調書に書かれておらず、再審請求審の東京高裁決定は「逮捕後に生じた疑い」に言及している。この点について検察は「逮捕時の身体検査は簡略に行われた」と考察したうえで、傷が逮捕後にできたとすれば警察が暴行で負わせた傷を証拠化したことになり「極めて考え難い話」との受けとめを示した。

 検察はさらに、袴田さんが当時着ていたパジャマに、袴田さんとは違う型の血液と混合油(ガソリンと潤滑油)が付着していたとする鑑定に注目した。混合油はモーターボートの燃料用に味噌工場に置かれていたもので「パジャマに混合油と他人の血液が同時に付着することは考えられない」と分析。原因として、検察が犯行着衣と主張する5点の衣類から犯行直後に着替えた際に付着した可能性に触れた。

 検察は今回の公判で挙げた「事情」が「袴田さんの犯人性を推認させる程度には強弱がある」と認めながらも「すべて事件と関係なく生じたと考えるのは不自然」との見方を示し、「全体として袴田さんの犯人性を裏づけている」と結んだ。

弁護団「動機の論理は飛躍しすぎている」

 これに対し弁護団は、検察が主張・立証した事項に逐一反論した。

 中でも注力したのは、袴田さんには犯行の動機がないことだ。仮にお金に困っていたとしても「金銭的に困窮している人は強盗殺人を犯す動機がある、とは論理が飛躍しすぎている」と検察を強く批判。被害者宅に売上金があることは従業員なら誰でも知っており、「これで立証できるなら誰でも犯人にできてしまう」と訴えた。

 クリ小刀を購入した根拠とされた刃物店の店員の供述については「歪められ悪用された」と捜査を非難した。この店員が公判での証言後、「警察に示された写真の中に見覚えのある人はいなかった。警察にもそのように回答した」と袴田さんの弁護人に告白したことを紹介。数カ月前の一見の客を正確に覚えているわけがなく、警察が示した28枚の顔写真の中に袴田さんのものは2枚あったのに1枚しか選んでいないのは不自然などとして「(店員の)証言には虚偽の疑いが大きく残る」と主張した。

 袴田さんの左手中指の傷は「消火活動中に転倒した時か屋根から落ちた時に生じた」と反論した。理由として、①検察が挙げた医師の前日に診察した別の医師が「鋭利なものによる傷ではない」と診断していた、②袴田さんは一貫して「消火活動中にけがをした」「傷には気がつかなかった」と話しており説明は変遷していない、③火災現場でけがをするのは自然なことで、同じ消火活動中に味噌工場の複数の従業員が負傷している——ことを列挙した。

袴田さんのパジャマ。鑑定で白い部分が切り取られている(鑑定書より)。

 検察がパジャマに付着していたと主張する血液と混合油についても、その根拠とされる鑑定の信用性を否定した。パジャマの上衣には「肉眼では血痕か錆か醤油のしみ跡か判断できない程度のわずかなしみしかなかった」と説明。血液型や混合油付着を認めた鑑定とは別に警察庁科学警察研究所が実施した鑑定では「血液型の検出は不可能」「ガソリンなどの鉱物油は何ら検出せず」との結果が出ていることを重視し、パジャマには「全く証拠価値がない」と切り捨てた。弁護団は法廷にパジャマの実物を展示し、裁判官にアピールした。

アリバイを明示する証言がある

 そのうえで弁護団は、袴田さんのアリバイを明示する証言があると主張した。再審請求審で証拠開示された味噌工場従業員の供述によって、袴田さんは火災を知らせるサイレンが鳴った直後から消火活動に加わり、鎮火までの間、絶え間なく目撃されていたことが判明したと強調。ところが、これらは隠ぺいされ、従業員は公判で「火災発生時には袴田さんを見かけなかった」と証言内容を変えた、と指摘した。

 そして「(今回の公判で)取り上げたすべての事項が『袴田さんの無実』を支える。よって検察の主張する『犯人性』は成り立たない」と結論づけた。

「いかにひどい事件か示せた」と弁護団

 弁護団と袴田さんの姉・秀子さん(90歳)は公判終了後、静岡市内で記者会見した。秀子さんは「弁護団の反論は良かった。絶対に勝つ」と力を込め、「来年の夏ごろには無罪を勝ち取れると思う。今年も良い年だったが、来年はもっと素晴しい年になる」と笑顔を見せた。

 角替清美弁護士は「検察はなぜこんなことを再審で主張するのか、無駄な一日になるかと思っていた。でも、袴田さんのアリバイという新しい証拠を出せたし、この事件がいかにひどいかを示すことができ、結果的に有意義な一日になった」と総括した。

 地裁の訴訟指揮にも話題が及び、小川秀世・事務局長は「検察に今日のような主張・立証をさせるべきだったのか。いくらやっても有罪立証はできない」と吐露。西嶋勝彦団長は「(地裁は)検察が立証に困っていると分かっていながら、公平な態度を示そうとして無理をしているのではないか」との受けとめを明かした。

 年明け1月16日の第6回公判では弁護団が論点②「5点の衣類は袴田さんが犯行時に着用し、事件後に味噌工場の醸造タンクに隠匿したものである」への反証の続きを行う。翌17日の第7回公判では、弁護団が取調べの違法性や証拠の捏造をテーマに主張・立証をする。

【袴田事件の再審決定後の動き】は以下を参照(編集部)
〈袴田事件・再審〉袴田さんの弁護団が「5点の衣類は捏造証拠」と反論、ズボンがはけない理由を論証/第4回公判
〈袴田事件・再審〉検察が「5点の衣類は袴田さんの犯行着衣」と主張、捏造は「非現実的で不可能」/第3回公判
〈袴田事件・再審〉「外部の複数犯」と袴田さんの弁護団が主張、「味噌工場関係者の犯行」とする検察に反論/第2回公判

◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう) 
 朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。

(2023年12月26日公開)


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