判例時報で「袴田事件」を特集/再審法改正の必要性について、袴田事件の実情に即して言及


袴田事件の「再審開始」の垂れ幕を掲げる弁護士=2023年3月13日、東京高裁前、撮影/小石勝朗

 10月27日、静岡地方裁判所(國井恒志裁判長)で、袴田事件の再審の第1回公判が開かれる。

 この日に合わせて、判例時報(判例時報社刊)の2566号(266頁、定価2,640円)で、「特集 袴田事件」を掲載している。

 本特集は、元東京高裁判事で弁護士の木谷明、刑事法研究者で大阪大学教授の水谷規男、元検察官で弁護士の市川寛各氏の3つの論考、第2次再審請求差戻抗告審決定の解説および再審が確定するまでの確定審、第一次再審請求審、第2次再審請求審、公刊物未登載判例を含むすべての判決・決定を全文収録している。

 1966年に静岡県清水市で一家4人が殺害された袴田事件の第2次再審請求では、2014年、静岡地裁(村山浩昭裁判長。以下「村山決定」という)は、死刑が確定した元プロボクサー袴田巖さん(87歳)の再審開始を認める決定をした。しかし、東京高裁(大島隆明裁判長)が検察の即時抗告を認め同決定を取り消した。その後、この取消し決定が最高裁(第三小法廷、林道晴裁判長)によって取り消され東京高裁に差戻された。東京高裁(大善文男裁判長。以下「大膳決定」という)は、2023年3月13日、再審開始を認める決定をし、検察が特別抗告をしなかったため、再審開始が決定した。同決定は、死刑判決を下した通常審で起訴後約1年が経過したころ、検察官が「犯行着衣」として証拠申請した「5点の衣類」について、捜査機関による証拠のねつ造を、村山決定と同様に指摘している。

「特集 袴田事件」を掲載している判例時報2566号と誌面の一部

 木谷明氏は「袴田事件訴訟をめぐる2つの重大な問題点と今後の課題」で、捜査機関の「証拠ねつ造」と再審裁判の長期化の問題に多くの誌面をさいて検討している。論考の最後で、袴田事件に関与した「当代一流と見られる」裁判長がなぜねつ造を見抜けなかったのか絶望的な気持ちで触れている。そして、「裁判官は『どんな捜査官にも証拠をねつ造に走る動機はある』」ということを前提に、「疑問の抱かれた証拠については事実関係を詳細に調査し、厳密な判断を示すべきである」としている。そのためには、再審法に、証拠開示命令権を含む裁判所の権限を明記するべきだと提案する。

 ついで、水谷氏は「袴田事件第2次再審請求差戻抗告審決定について」で、大膳決定の分析とその問題点を摘出する。5点の衣類の「血痕の赤み」問題に決着をつけたことと5点の衣類が捜査機関のねつ造によると言及した点は高く評価する一方で、付着血痕のDNA鑑定について検討しなかったことには問題が残るとした。最後に、袴田事件など再審事件で提起された問題点を検証する警察、検察、裁判所、弁護士、冤罪被害者を交えた中立的な組織が設けられることを提唱する。

 最後に、市川氏は「検察の特別抗告断念と再審公判での有罪立証方針にまつわる諸々の疑問」で、①なぜ検察は大膳決定に対して特別抗告を断念したか、②証拠の捏造はなぜおこるのか、③なぜ検察は「ねつ造」ということに敏感に反応するのか、などを自身の検察官の体験や心情から解きほぐす。とくに、本来警察捜査のチェック機関であるべき「法律家」としての検察官がなぜ厳正にそれをチェックできないのかの点を、「警察のご機嫌取りをしないと仕事が回らない」という「警察と検察」の力関係の実情から見ている点は納得できるものである。

 袴田事件は、1980年代に無罪となった免田事件など「死刑再審」から数えて5度目である。それは、1980年代に解決しておくべきだった再審法の改正がいまなお実現していないことを如実に示している(再審法改正については、自由と正義2023年10月号で特集をしている)。とくに、再審決定に対する検察官による不服申し立て、証拠開示制度の不存在は、早急に法改正すべきである。本特集は、そうした問題について、袴田事件の実情に即して言及している点は高く評価できる。再審公判の行方を見守るなかで、本特集の提起に触れることに意義がある。

(な)

(2023年10月26日公開)


こちらの記事もおすすめ