生徒の調査書の成績を教員に改ざんさせ、その謝礼に現金を受け取ったとして加重収賄罪などで有罪判決が確定した静岡県立天竜林業高校(当時)の元校長、北川好伸さん(75歳)の再審請求・特別抗告審で、最高裁第1小法廷(岡正晶裁判長)は3月6日付で請求を棄却する決定をした。地裁審理の段階では検察が「ない」と説明していた贈賄側の取調べメモが、特別抗告審になって「見つかった」と突然開示されたため、北川さんの弁護団は審理を地裁へ差し戻すよう求めていたが、最高裁は顧みなかった。北川さんは第2次再審請求を申し立てる方針だ。
最高裁の決定は、北川さんの特別抗告が「法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法433条の抗告理由に当たらない」とするだけのもので、裁判官4人全員一致の意見だった。検察の異例の証拠開示をめぐる弁護団の主張に対しては、何ら判断を示さなかった。
贈賄の当事者にアリバイが成立する可能性
北川さんは校長だった2006年に、2人の生徒を推薦入試に合格させようと教員に指示して調査書の評定点をかさ上げしたとして、虚偽有印公文書作成・同行使罪に問われた。また、うち1人の生徒の祖父である元静岡県天竜市長、中谷良作さん(90歳)=贈賄罪で罰金70万円が確定=から2006年と2007年の2回、謝礼として現金計20万円を受け取ったとして、加重収賄罪に問われた。捜査段階から一貫して犯行を否認し争ったが、2010年に最高裁で懲役2年6月・執行猶予4年の判決が確定した。
しかし、その後、中谷さんが「(贈賄を認めた)自白はすべて虚偽だった」と証言を翻したため、2014年に再審請求。静岡地裁浜松支部と東京高裁に棄却され、最高裁へ特別抗告していた。中谷さんも2020年に再審請求し、浜松簡裁で審理が続いている。
特別抗告審で昨年1月に最高検が開示したのは、中谷さんに対する警察の取調べメモで計318枚。検察はこの取調べメモについて、2015年に地裁浜松支部の勧告を受けて中谷さんに関する捜査報告書などを証拠開示した際に「開示されていなければいけなかったもの」との認識を示しており、「証拠内容の精査が不十分だった」と釈明したという。
北川さんの弁護団は取調べメモの内容を分析した結果、贈収賄(2007年)の実行日の特定につながったとみられる同校職員(当時)の目撃が実際には不可能で、中谷さんにはアリバイが成立する可能性が高いと主張した。高裁までの再審請求の棄却決定は重要な証拠を検討しないまま出されており、憲法31条が保障する適正手続に違反するので破棄されるべきだと強調し、審理を地裁浜松支部へ差し戻すよう求めていた(特別抗告審で証拠開示された取調べメモについては、こちらの記事をご参照ください)。
第2次再審請求を申し立てへ
最高裁の再審請求棄却決定を受けて「緊急抗議集会」が3月16日、静岡県浜松市で開かれた。
北川さんは最高裁の決定について「裁判所の理不尽な決定を嘆く憂いの中に置かれているので、怒り、苦しみ、悔しさはない。むしろ淡々とこの決定を受け入れた」と心境を語る一方で、「真実を追求する気持ち、正義を貴ぶ気持ちが、残念ながら裁判官の中にない」と司法を批判した。
そのうえで「世間から見れば小さな事件と片付けられてしまうかもしれないが、冤罪はこうしてつくられてくるということを考える時、教科書的な事件だと思う。世の中のためにも使命感を持って頑張らなければならないと決心している。2次の再審請求へ向けて一歩踏み出す決意をした」と述べ、近く第2次再審請求を静岡地裁浜松支部に申し立てることを表明した。
袴田事件の再審開始決定、「大きな影響がある」
オンラインで参加した弁護団の海渡雄一弁護士は、特別抗告審で開示された取調べメモに基づく弁護団の主張や、審理を地裁へ差し戻すべきだとの要求に対し、最高裁が何の判断も示さずに、証拠開示前に提出した特別抗告申立書の抗告理由だけで棄却決定を出したことを非難した。第2次再審請求を申し立てる時期は「可及的速やかにやるが、1、2カ月はかかると思う」との見通しを示し、弁護団を拡充する意向も明かした。
2次請求での最大の争点として、北川さんの確定審の公判で贈賄を証言した中谷さんの「自白」の信用性を挙げ、再審請求審でこれまでに開示された捜査報告書や取調べメモを整理して改めて主張をまとめると説明した。また、中谷さんの贈賄日のアリバイを立証するため、関係者の調書や捜査報告書の証拠開示を強く求めていく方針だ。特別抗告審で開示された証拠については最高裁が審理の対象にしなかったので、再審の要件である「新規性」は認められるとの見方を示した。
集会の3日前に東京高裁が再審開始決定を出した「袴田事件」についても、捜査をしたのが同じ静岡県警だけに、北川さんの事件に「大きな影響がある」と指摘。「(袴田事件の決定で)証拠を捏造した可能性があると名指しされているのは静岡県警だ。たくさんの冤罪を生み出してきたところで、無辜の人を罪に陥れるような工作が(北川さんの事件でも)行われた可能性が高い」と語気を強めた。
◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう)
朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。
(2023年03月29日公開)