4 「情報処」期
「情報管理処」の名称を「情報処」に変更した後も、引き続き司法のIT化を広め、かつ深めてきた。とりわけ「電子訴訟」(e-Filing)システムと「電子化法廷」(e-Court)の設置に力を入れている。以下、詳しく述べていく。
(1) 電子訴訟:電子書状システムの開発により、訴訟の当事者は時間や場所に縛られずに電子形式で訴訟提起や書面の提出・受取りができるようになった。書面の印刷・提出・閲覧などのための労力と費用の節約、ひいては紙の消費量の削減にもつながっている。これらにより、裁判の効率の向上が期待されている。電子訴訟の実施により、世界銀行が2015年10月に発表した「2016ビジネス環境レポート」での「ビジネス環境改善指数(Ease of Doing Business, EoDB)」では、台湾が世界ランキング11位に上昇した。評価の指標における「契約の執行」(Enforcing contracts)の項目は77ランクも上昇し(93位から16位に上昇)、その躍進度は世界トップであった。
(2) 電子化法廷:電子訴訟形式による審理や、スキャンなどの方法により訴訟書類を電子化した場合の審理において、裁判所は電子化された裁判記録・書類・証拠資料をプロジェクターで投影したり、大型画面で展示したりすることができるようになっている。また、書類や証拠資料が膨大な事件において、いわゆるOCR(光学文字認識技術、Optical Character Recognition)を用いて、迅速に証拠資料を検索できるようになった。さらに、微小な証拠物や暗い写真などの識別しにくい物的証拠についても、拡大や、明るさ・コントラスト調整などのデジタル方式により識別度を高めることができるようになった。この方法の運用により、例えば、訴訟当事者の多い訴訟期日に、裁判所が当事者全員に記録等を見せて意見を求めることができ、証拠調べや審理の効率を高めることができる。それのみならず、傍聴する一般市民に事案の内容を理解させやすくなっている。このように、法廷活動の公開と可視化がより一層実現している。
上記のほか、情報環境の現状、サービス対象者のニーズ、情報セキュリティに対する脅威の深刻さ、並びに、IT技術の急速な発展などを勘案し、司法院は、IT発展の青写真として、2018年7月に「デジタル5年政策」を提出した。それには以下の4つの主要な内容が含まれている。
(1) ハードウェアの改善とアップグレード:パソコン、ホストコンピューター、タブレットやノートパソコン、プリンターなどのハードウェアを定期的に交換する。また、高速通信に対応するスイッチングハブやルーターの設置によって、より高速で安定したネット回線を構築した。そのほか、途切れない安定したサービス供給を目標にしつつ、ハードウェアの購入コスト削減と管理効率の向上を実現させるため、サーバー仮想化(Virtualization)の実行や、高可用性(High Availability, HA)のあるスタンバイシステムの構築を行った。
(2) 情報システム及びサービスのアップグレード:2代目の裁判情報システムに使われたプログラミング言語・フレームワーク・ハードウェア抽象化レイヤーやデータベースのバージョンが古すぎたため、新しいハードウェアやソフトウェアへの互換性が乏しく、情報セキュリティの問題も生じやすかった。そこでシステム改造の必要が生じたため、3代目の裁判情報システムを開発した。新システムでは、ユーザーインターフェースと書類作成アプリが改善され、使用する文字コードをビッグファイブ(Big5)から国際基準のユニコード(Unicode)に変更した。そして、安定性の高いデータベースの設置により、裁判システムのデータを構造化させた。この新システムの開発は、裁判効率の向上に繋がった。
また、法廷IT化を強化するために、電子訴訟の適用事件類型とサービスの対象者を拡大し、費用納付方法を多様化させ、ログインポータルを提供しただけでなく、複数の電子書類証拠記録システムの統合、ユーザーインターフェースの改善、電子書類証拠記録システムの管理方法を改善した。さらに、ポータブル端末の普及に対応するべく、そして、身体の不自由な利用者にもフェアなネット環境を提供するために、司法院および所属機関のウェブサイトの更新を行い、レスポンシブウェブデザイン(Responsive Web Design, RWD)を採用し、政府の定めたウェブアクセシビリティ方針に従って、AA級の基準でウェブサイトを改善した。
裁判官に対して、司法院の配布したタブレット端末を用いて司法院イントラネットへのアクセス機能を提供している。二段階認証を使い、暗号化ベースのインターネットセキュリティプロトコル技術を使用した仮想プライベートネットワーク(SSL−VPN)を通じて、司法院のイントラネットにアクセスする仕組みである。自宅で残業するときでも司法院のイントラネットにある法学資料システムと裁判情報システムが利用できるという裁判官のニーズに応えながらも、情報セキュリティを守っている。
(3) 情報とデータのセキュリティ強化:統合型情報セキュリティ統制プラットフォームの構築、ファイアウォールの増設、ログ管理サーバーシステムの設置、持続的標的型攻撃(advanced persistent threat, APT)に対する防御システムの継続的維持、ウイルス対策ソフトのアップデートなどにより、ウェブサイトやネット情報のセキュリティを強化し、組織のインシデントレスポンスを堅牢化した。また、システムクラッシュ又は人的要因によるデータの破損や消失を防ぐために、既存のバックアップ体制を拡大させた。事故発生後に迅速にサービスを再開することができると期待されている。
(4) IT・AI法廷への邁進:裁判記録の入力が開廷の効率にもたらす悪影響を軽減させるため、AI音声認識技術を駆使し、開廷中の発言内容を即時に文字に変換するシステムを開発している。発言した法廷人物を自動的に認識して入力し、裁判記録を生成させることができる。訴訟進行のテンポがこれによって加速し、審理効率の向上に繋がる(現在、このシステムは試運転中であり、2023年1月より台湾版の裁判員制度〔国民法官〕において正式に運用することを予定している)。
また、民間の創造性と有機的連携をして公的資料を活用するために、司法院オープンデータ(Open Data)プラットフォームを開発し、司法院の既存のデータ資料(例えば、判決文や競売された建築物のデータなど)を点検し、オープンデータによる二次利用について検討した。さらに、蓄積したデータから再利用可能な知識を掘り起こすデータマイニング(data mining)に対応するべく、各級裁判所にある裁判情報システムのデータと裁判書類データを収集して、分析用に加工処理して、ビッグデータ技術を用いた裁判データの利用範囲の拡大を図っている。
5 結論に代えて──無限の可能性を秘めている司法情報の新時代
上述した各計画を推し進めている以外、司法院は最新の情報技術を業務遂行に応用することについても力を入れている。これについて、以下の事例が挙げられる。
① AI技術を活用した「量刑AI分析システム」の開発:文字サーチ技術を駆使して量刑因子の自動化抽出システムを構築する。それを運用すれば、判決文にある量刑因子の分析に役立つ。このシステムは、一部の罪名において運用を開始した。
② ブロックチェーン(blockchain)技術の活用:ブロックチェーンにはデータ改ざんが困難な特性があるため、その特性を生かして、刑事の捜査と裁判手続にこの技術を導入し、電子化された証拠資料の認証と検証の強化において運用することを計画している。また、債権者に発行する電子化された債権証明書に電子署名とブロックチェーンを付けることで、その内容の正確性が保障されるため、民事強制執行事件においてすでに活用されている。
将来において、司法院はデジタルに関する政策とプロジェクトを引き続き推進し、職員の業務負担の軽減、裁判の質の向上、司法の可視化などの目標を達成していくだろう。そして、最新の科学技術の活用により、限りあるリソースを用いて利益創出を最大化させ、司法ITの新時代を切り拓いていくだろう。
(林祐宸著・呉柏蒼訳)
◎執筆者プロフィール
林 祐宸(リン・ユウシン)
司法院情報処判事(裁判官として司法院に出向)
台湾台北地方裁判所判事(行政訴訟専門裁判官証明書が授与されている)
国立台湾大学法学部、法学研究科修士課程(公法学専攻)修了
2009年、台湾専門職業及び技術人員高等試験弁護士試験(弁護士資格試験)合格
2010年、台湾公務員高等三級試験法制類合格
2011年、台湾公務員特種試験裁判官試験合格
主な著作に、「農場動物福利之實然與應然──以我國法制之檢討分析為中心(和訳:畜産動物の福祉の実態とあり方──我が国の法制度に対する検討を中心に)」(修士論文)2013年、「文資法上古蹟指定之實然與應然──以樂生療養院拆遷事件為中心(和訳:文化資産保存法における文化財の指定の実態とあり方──楽生療養院の移築を巡る争いを中心に)」全国律師第17巻第8期(2013年8月)がある。
◎訳者プロフィール
呉 柏蒼(ゴ・ハクソウ)
信州大学経法学部講師、台湾法務部司法官学院非常勤研究委員。慶應義塾大学博士(法学)取得。
主な著作に、『平成27 年版検察講義案』中国語版監訳(2020年)、「日本近年関於自由刑制度改革之議論:以自由刑單一化與法制審議會之議論為中心」(中国語)刑事政策與犯罪防治第23期(2019年)、「日本『刑之一部緩刑』制度之再確認」(中国語)刑事政策與犯罪研究論文集第24期(2021年)、「犯罪被害者の損害賠償請求の実現に対する支援」被害者学研究第31号(2022年)、「台湾における仮釈放の制度構造と判断基準について」信州大学経法論集第13号(2022年)などがある。
(2023年02月01日公開)