1 はじめに
台湾では、裁判官および検察官は「司法官」として統一的に選抜・養成し、弁護士は別途養成1)するという、二元的な法曹養成システムが採用されている。司法試験合格後2)に司法修習生資格(裁判官、検察官となる資格)を得る3)。司法修習生は、法務部(日本の法務省に相当)の管轄下にある司法官学院(以下、「学院」と略す)で司法修習を受ける。
長い間にわたって、二元的な法曹養成システムを採用しているため、法曹三者相互の理解が不足し、弁護士を除いた司法修習であるがゆえに裁判が不公平だという疑いを与えやすいなどの議論はある。2019年に開いた「全国司法改革会議」4)においては、現在の二元的な法曹養成システムを改め、日本やドイツのような法曹三者を統一的に養成するシステム、いわゆる「三合一」制度への移行がアジェンダの一つに掲げられた。しかし、二元的または統一的な法曹養成システムを採用すべきかを考えるには、台湾司法修習の現状を理解しなければならないと思う。そのため、本稿では台湾における司法修習について紹介する。
2 司法修習生の身分
司法修習生の身分は公務員ではないが、国家公務員に準じた地位を有する。国家公務員と同じく国から給与を支給されており、国家公務員の委任公務員5)と同等額(4万4600元。日本円にして約17万円)が支払われている。司法修習生は、国家からの給与をもらうため、修習に専念すべき義務(法務部司法官学院司法官訓練規則2条2項)、秘密を保持する法的義務(訓練規則4条)を負う。このため、司法修習生は、修習期間中、副業・アルバイトは許されない。具体的な事件について修習をすることから、法曹が守秘義務を負うのと同様に、司法修習生にも守秘義務が課されるのである。これらの義務に違反しまたは行状が修習生としての品位を辱める事情が重大と認められるとき、あるいはその他司法官学院規程の定める事由があると認めるときは罷免される。
3 司法修習生の生活
司法修習期間は2年間で、①7カ月間の学院での集中講義を経たのち、②1カ月間の各種行政機関での実務研修、③1年2カ月間の各地の検察庁と裁判所での実務修習、④2カ月の学院での集合修習という4段階のカリキュラムが含まれている。学院での修習時間は、毎日朝8時から午前12時、午後2時から午後6時までである。実務研修での修習時間は、基本的に公務員と同じく朝9時出勤、午後6時までの就業となる。
国家公務員に準じた地位を有するが、通常の公務員と異なり、官舎を利用することはできないため、修習生たちの学習に支障にならないように、学院での集中講義と集合修習の期間に、修習生たちは学院にあるいずみ寮6)を利用できる。しかし、各修習地において実務修習を行う期間、実務修習地によって住まいの準備がないこともある7)。修習生にとって地縁のない場合があれば、自分で住居を賃借しなければならない。
4 カリキュラム
最初の段階は集中講義で、基本的な実践的知識を学ぶ修習が中心となる。集中講義は、実務的な技法や法曹倫理を効果的に勉強させるために、実際の事件記録をアレンジした修習用の事件記録(修習記録)を使って、法曹倫理、司法実務(民事裁定、刑事裁定、起訴、行政裁定実務を含む)に関する基礎力を養成する内容である。そのほか、司法官は多様性と高度の専門性を備えることが求められるため、カリキュラムにも金融、経済、IT、建築、医療、行政、労働、知的財産権など専門的知見を要する分野が含まれている。
司法修習生の実務経験が不足していることに配慮するため、実務修習が司法修習の根幹となる。集中講義が終わったら、法曹の活動と密接な関係を有する分野を修習することをできるように、司法修習生は各種行政機関に1カ月派遣され、その業務に主体的に携わったり、体験したりする。
行政機関における実務修習のほかにも、検察庁と裁判所での実務修習が一番重要なカリキュラムである。この段階での修習は、全国各地の地方裁判所、地方検察庁という実務の第一線において、経験豊富な裁判官と検察官の個別的指導の下で、実際の事件の取扱いを体験的に学ぶ修習(個別修習)となる。1年2カ月の間に、民事裁判、刑事裁判、検察実務の3分野において、それぞれが4カ月ずつ実施される。
裁判修習では、法廷を傍聴して裁判官の訴訟指揮を間近で体験したり、係属中の事件の記録や法廷でのやり取りを検討して、裁判官と判決の内容について意見交換をしたり、その事件における事実上または法律上の問題点についての検討結果を裁判官に裁判書(ドラフト)で報告して、その講評を受けたりする。
検察修習では、実際の犯罪事件について、指導係検察官等による指導の下、証拠収集、被疑者や参考人に対する取調べなどの捜査について学び、体験し、起訴・不起訴の処分について意見を述べたり、起訴・不起訴の処分を書いたり、検察官の公判立会を傍聴したりする。
実務修習において、司法修習生に実際の事件を体験する機会を提供するが、司法修習生による取調べは法律上の明文の根拠を欠くため、実際の取調べを行うことは禁止される。司法研修生の取調べ能力を身につけるため、指導係裁判官と検察官の指導に基づいて模擬取調べと模擬裁判が行わる場合もある。模擬取調べにおいて修習生が主体的に準備を進めて、他の修習生が演じる被疑者・参考人など関係者の取調べから分析・検討などを行って、起訴状をつくる。そして模擬裁判に提出する。このように、実際に行なわれる裁判に近い形の模擬裁判に通じて、司法修習生は実務経験を積むことができる。
実務修習が終わってから、学院において集合修習の課程がつづく。前半段階での実務修習の体験を補完して、体系的、汎用的な実務教育を行い、法律実務のやり方を指導する課程であり、1カ月間実施される。司法修習生の成績と志望によって検察官または裁判官のどちらかの任官が決められた後、分野別集合修習が実施される。この段階で、検察官または裁判官に任官する予定の司法修習生に行われる集合修習課程は、任官ごとに異なる8)。 この分野別集合修習はワークショップの型式で行われており、教師が設定した特定の事件または公判に対して、グループワークで意見を出し、教師の指導に基づいて問題解決やトレーニングの能力を伸ばすことを目的としている。
5 司法修習生試験と修習修了
最初の段階の集中講義の終わる前に、第1回司法修習生試験が行われている。この段階での試験は、法律実務試験と書類作成試験に分けられる。法律実務試験の科目は、民事実務、刑事実務、検察実務、行政争訟実務、民事法、刑事法、憲法の7教科で、各教科を4時間かけて行う。具体的には、実際の記録を元に作成された研修用教材を題材として、設問に沿って事実認定上の問題点や法律上の問題点などを検討する。書類作成試験は確定した事件の記録または証拠物のコピーを配って、裁判官または検察官の立場に基づいて、民事裁判書、刑事裁判書と検察起案を作成するものである。
第2回司法修習生試験は、集合修習の前に行われている。この段階での試験は実務修習の成果を評価するため、科目が民事裁判書、刑事裁判書と検察起案だけとなる。司法修習生試験と実務修習の成績をまとめ、成績順が決められる。 修習後の配属先については、検察官になるか裁判官になるかも含め、修習の成績順に選択権が与えられている。
6 まとめ
前述したように、台湾においての法曹養成制度は司法官と弁護士の二元制が採用されている。司法修習生は、司法官になれる準公務員であるため、国家委任公務員と同等額の給与を支給されている。修習生が報酬を受給するため、修習専念にも課されている。修習期間の2年の間に、修習拘束期間として学院の設定するカリキュラムによって修習する必要がある。
学院でのカリキュラムは法曹倫理、司法実務などの課程で、高度の専門性に関するプログラムも提供されている。実務修習に関するカリキュラムが、経験豊富な裁判官と検察官の個別的指導の下で、実際の事件を体験する機会を提供することとなる。原則として、台湾においての司法修習が、高い倫理観と職業意識が必要とされる司法官を訓練することを目的とする。しかし、司法官だけに対象する司法修習が、確かに法曹三者の互いの理解を不足させる疑いがある。それを踏まえて、台湾においての司法修習に対して、法曹三者の相互理解を一層強化することが重要な課題だと思う。
◎執筆者プロフィール
葉耀群(ヨウ・ヨウグン)
1999年検事任官。台湾南投検察庁の勤務を経て、現職が台湾台北検察庁検察官(2016年9月から2017年9月まで台湾法務部に所属する訪問学者として早稲田大学で研究。2018年9月から2020年9月まで司法倫理教官として台湾司法官学院へ出向)。
注/用語解説 [ + ]
(2021年05月10日公開)