6月25日、日野町事件に関する緊急集会(公平な裁判所による再審審理を!!)が、日本弁護士連合会、冤罪日野町事件請求人・弁護団・支援関西連絡会議の共催で、大阪弁護士会館で開かれた。
あとで詳しく述べるが、日野町事件の確定審で有罪判決を下した長井秀典裁判官が審理中の第2次再審即時抗告審の裁判長になったことから、弁護団は長井裁判官では公正・公平な裁判はできないとして大阪高裁に善処を求めていた。集会は、この経過報告と問題点を明らかにするために行われた。これに対して、6月26日、大阪高裁第3刑事部より、事件を第2刑事部より第3刑事部へ配付替えがなされた旨の通知が弁護団にあった。
これにより、問題は一件落着したかに見える。しかし、同一事件で過去の審理に関与した裁判官があらたな審理に関与した例は、飯塚事件や大崎事件の再審請求審でもあった。このときは、交代がないまま関与した裁判官が判断に加わっていた。
公正・公平な裁判とは何か、これを担保するために通常審では除斥・忌避・回避のしくみがあるが、再審手続にはその適用がないとする最高裁判決(1959年)の妥当性、問題の裁判官が自ら回避しない場合の措置など、あらためて刑事手続、とくに再審手続での不備が浮き彫りになった。
日野町事件の第2次再審請求審で、大津地裁(今井輝幸裁判長)は2018年7月11日、確定有罪判決の誤りを認め、再審開始を決定した。検察の異議申立てにより、現在、大阪高裁で即時抗告審が続いている。
第2刑事部に係属していたが、その裁判長であった三浦透部総括裁判官が東京高裁へ異動した。その後任として、6月12日付けで長井秀典裁判官が岡山家裁所長から同部の部総括裁判官として異動してきた。同裁判官は、2006年3月、大津地裁での日野町事件第1次再審請求審で裁判長を務め、請求棄却の決定をしていた。
弁護団は、その点を問題視して、長井裁判官では公平・公正な審理は不可能であるとして、直ちに高裁前で抗議活動を開始した。6月18日、同高裁長官あてに、「公平・公正な裁判所の構成のもとで、迅速な審理を行うための方策を講じられる」よう要請した(資料1)。第2刑事部あてにも、「長井裁判官が自ら本件審理を回避(刑事訴訟規則第13条)される」よう求めた(資料2)。
これに対して、同高裁総務課より、部総括会議を開いて検討するのですぐに対応できない旨連絡が電話で弁護士にあった。事件の割振りは各部内で決めることで、担当書記官から連絡があるのが裁判所の対応として通常である。このような回答を総務課がすること自体異例であった。
6月26日、弁護団に対して、同高裁第3刑事部の書記官より、事件を第2刑事部より第3刑事部に配付替えした旨通知があった。事件の担当部が第3刑事部に変更されたことで、事実上長井裁判官が担当することはなくなった。
集会には、元裁判官の水野智幸、安原浩、井戸謙一各氏、再審請求人の阪原弘次(阪原弘氏の長男)、丸山美和子(同長女)各氏、「冤罪犠牲者の会」の青木恵子(東住吉事件)、西山美香(湖東事件)各氏、弁護団から石川元也、伊賀興一弁護士らが参加し、それぞれ報告を行った。
水野氏は基調報告を行い、公正・公平な裁判とはなにか、それを担保する制度とくに除斥・忌避・回避の趣旨、再審手続にその適用がないとする最高裁判決の問題点を指摘した後、再審手続の整備の必要性を力説した。
第1次再審請求審の途中まで関与していた安原氏は、確定審は自白を信用できるとしたが、記録を読んですぐにおかしいことがわかったと、この再審は開始決定がでるものと信じると述べた。この後、この問題で部総括会議を開くというが、それは裁判所の公式な会議ではないので、手続として筋がとおらないが、そこでの意見を忖度して大阪高裁が問題の決着をはかろうとしているのではないかと、改善の方向に期待を込めて語った。
長井裁判官は、今年3月に再審無罪となった湖東事件の確定第一審でも、西山さんの「犯行自白」の任意性・信用性を認めて有罪判断をしている。
湖東事件の第2次再審の弁護団長をつとめた井戸氏は、問題を聞いたとき、ここまで裁判所は世間の常識からかけ離れているのかと耳を疑ったと感想を述べた。そして、過去の自分の判断に影響ないということは断言できない、長井裁判官は自ら回避する手続をとるべきではないかと、苦言を呈した。
さらに、木谷明元裁判官より、「長井裁判長は即時抗告審の審理を回避すべきである」(資料3)とのメッセージが寄せられた。
阪原弘次氏は、第1次再審請求審で長井裁判官の棄却決定を聞いたとき、目の前が真っ暗になり、怒りで言葉がみつからなかった。当時開始決定がでていれば、父は生きていたに違いない。今度またこうなるとは、裁判所は私たちをいつまでイジメるのかと、長井裁判官の交代を強く要望した。
さらに、「冤罪犠牲者の会」の青木恵子氏は、大阪高裁あての要望書(資料4)を読み上げ、「冤罪犠牲者は裁判官が頼りです。裁判所が頼りなのです。裏切られても裏切られても裁判官を信じ、裁判所の正義を信じて声を上げ、無実を叫んできました」と、予断なく判断できる裁判官への交代を訴えた。
集会の後半は、弁護団から、〈第1次再審棄却決定の批判〉について石川元也弁護士、〈即時抗告審の争点〉について大森景一・谷田豊一各弁護士よりそれぞれ報告があった。
最後に、弁護団長の伊賀興一弁護士より詳しい経過報告があった。即時抗告審で本格的に無実を論証しようとする矢先に起こったことで、「裁判所の常識は一般市民の非常識」と裁判所の姿勢を批判した。今月中の決着に向けて運動をさらに強めていくと決意を新たにして、集会は終了した。
日本弁護士連合会も、6月25日、「現行法等の下でも、公平な裁判所の審理確保のために、通常審や前次の再審請求に関与した裁判官が自発的にその後の再審請求の審理に関与しない対応をとることが日本国憲法37条1項の理念に沿う」と、公平な裁判所による審理を求める会長声明(資料5)を出した。
事件は、1984年12月、滋賀県日野町で起きた強盗殺人事件。酒店経営者が行方不明となり、翌年1月遺体となって発見された。警察は、常連客であった阪原弘さんを強盗殺人容疑で逮捕した。阪原さんは一貫して無実を訴え続けたが、無期懲役刑が確定したため、2001年に再審請求をした。しかし、2006年に棄却された。大阪高裁に即時抗告中の2011年3月、広島刑務所で服役中に病に倒れた(享年75歳)。2012年3月遺族が再審請求の意思を引き継いで第2次再審の請求をした。同請求審で、2018年7月再審開始決定があった。開始決定では、阪原さんの犯人性を示すとされた被害金庫の発見現場への案内は、新たに請求審で開示されたネガによって警察の意図的な改ざんによるものであることが明らかとなった。しかし、検察が即時抗告したため、大阪高裁で即時抗告審が進行していた。
(2020年07月03日公開)