映画は、1996年に遡る。この年、アメリカのアトランタ市でオリンピックが開催された。オリンピック開催中に、市の公園で開かれていたコンサート会場で、爆弾事件が起こった。映画は、この爆弾事件の実話に基づいている。
コンサート会場の警備にあたっていた警備員、リチャード・ジュエルは、会場のベンチの下に怪しいリックを発見した。すぐ警察に通報するとともに、観客や会場スタッフの避難誘導に率先して働いた。その矢先に爆弾は破裂したが、避難誘導が早かったため、2名の死者・負傷者多数が出たが、大惨事になることは免れた。
リチャードは、全米で多くの人命を救ったとしてマスメディアに取りあがられ、一躍“英雄”となった。しかし、このあとリチャードに88日間におよぶ悲劇が襲う。
FBIはすぐに捜査に乗り出しが、爆発直前にかかってきた予告電話の声しか有力な証拠がないまま、捜査は進んでいった。当時、捜査でさかんに利用されていた“プロファイリング”によって、リチャードは有力な被疑者として浮上する。
FBIのトム・ショウ捜査官は、手持ち証拠では逮捕する決め手に欠けていたため、捜査協力に名をかりて、リチャードを任意で取調べる。リチャードは、もともと警察官になりたかった男で、警察に積極的に協力する。
地元紙が、“FBIがリチャードを有力容疑者として捜査”と報じたため、今度は、一転してリチャードは“爆弾犯人”として、全米で報じられる。リチャードの家はマスメディアによって一日中包囲される。
捜査に協力していたリチャードはだんだん不安になり、以前働いていた職場で知りあった弁護士、ワトソン・ブライアントに電話する。
ワトソン弁護士はこれまでの実務経験からリチャードの冤罪を確信して、FBIとマスメディアに対してリチャードの雪冤のために反撃に出る。
映画のテーマは、マスメディア、それに扇動される世論によるリンチであるが、アメリカの刑事司法の暗部も同時に描かれている。
とくに、被疑者の心理——ここではリチャードの警察や法秩序に対する親和性——を巧妙に操る任意の取調べには恐怖をおぼえた。もし弁護士がいなかったら、リチャードは “犯人”に仕立てあがられていたに違いない。どこの国でも警察権力は暴走することを、如実に物語っている。
さらに、弁護士と被疑者との人間関係にも興味を引かれた。アメリカの法廷映画でよくある場面であるが、ワトソン弁護士はリチャードに当然黙秘権の行使をすすめる。しかし、いまだ警察を信用しているジュエルのこころは大きく揺れる。黙秘権の行使をめぐるワトソン弁護士とリチャードとの口論は圧巻である。捜査官の前でいかに黙秘を貫くことはむずかしいことか。日本の捜査弁護でもつねに弁護士を悩ませる難しい問題である。
はなばなしい立ち回りなどはなく、史実に基づくたいへん地味な映画であるが、見る人のこころを引きつける力がある。
1月17日より全国ロードショウ。
- ○作品タイトル:リチャード・ジュエル
- ○監督/製作:クリント・イーストウッド
- ○原作:マリー・ブレナー
- ○脚本:ビリー・レイ
- ○製作:ティム・ムーア、ジェシカ・マイヤー、ケビン・ミッシャー、レオナルド・ディカプリオ、ジェニファー・デイビソン、ジョナ・ヒル
- ○出演:サム・ロックウェル(弁護士)、キャシー・ベイツ(ジェルの母)、ポール・ウォルター・ハウザー(警備員、リチャード・ジュエル)、オリビア・ワイルド(記者)、ジョン・ハム(捜査官)
- ○上映時間:2時間11分
- ○配給:ワーナー・ブラザース映画 公式サイト:richard-jewell.jp
(2020年1月15日 公開)
(2020年01月16日公開)