最高裁第3小法廷(林景一裁判長)は4月12日付けで、会社法違反(特別背任)容疑で再逮捕されたカルロス・ゴーン元日産自動車会長の弁護人が勾留決定を不服として申し立てていた特別抗告を棄却した。これによって、東京地裁の決定は確定し、今月22日までの勾留延長が認められる。
東京地検特捜部はその日までに追起訴するかどうかを決めるが、ゴーン元会長が今後さらに「長期勾留」されることが憂慮されている。そうした中、弁護士と法学者計1010人が4月10日、「『人質司法』からの脱却を求める法律家の声明」を法務省に提出した後、その呼びかけ人の今村核弁護士(第二東京弁護士会所属)、土井香苗(国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ・日本代表)らが記者会見を開いて公表した。
声明の中で、日本の刑事司法は「罪を認めるまで身体拘束を続け、その間に長時間の取り調べを弁護人の立ち会いなく受忍させ、黙秘権を認めず、被疑者に苦し紛れの虚偽自白までさせる」人質司法だと強く批判し、そこからの脱却を求めている。
- 声明全文——————————————————-
「人質司法」からの脱却を求める法律家の声明(1010名が署名)
カルロス・ゴーン事件での長期間にわたる身体拘束を契機に、日本がはたして本当に人権が保障された民主主義国家であるのかという驚きや批判の声が海外からむけられている。
日本の刑事司法のあり方はかねてより「人質司法」といわれてきた。日本では、逮捕・勾留された被疑者は起訴まで最大23日にわたって身体を拘束され、その間は捜査官による取調べを受忍する義務があるとされている。被疑者が黙秘権を行使しても取調べは中断されず、供述するよう一方的に追及される。ときには耳元で罵声を浴びせられることすらある。そして取調べには弁護人の立会いが認められていない。
ほとんどの被疑者は警察署内の留置場に身体を拘束され、食事、排泄を含む起居動作すべてがつねに警察の監視下におかれる。裁判所が接見を禁止する場合には、被疑者は家族とすら面会や電話はおろか手紙すら許されず、弁護人としか面会や通信ができない。
警察・検察が、被疑者に逮捕や勾留の令状を請求すると、裁判官は、ほとんどの場合にこれを認める。軽微な別件での逮捕・勾留を利用した本件での取調べが行われ、併合罪関係にある複数の事件を分割して逮捕・勾留が繰り返されることがある。最大23日間の時間制限すら潜脱される。
起訴前の保釈制度は存在しない。起訴後も、黙秘または否認する被告人は「罪証隠滅のおそれ」があるとして、容易に保釈されない。身体拘束はさらに長期化する。郵便不正事件では、厚生労働省の局長だった村木厚子氏が郵便法違反、虚偽公文書作成罪で起訴された後、約4ヶ月間勾留された。仮に有罪となっても執行猶予付きの判決が見込まれていた事件である。その後、同氏の関与は疑いの余地なく否定された(2010年判決確定)。鹿児島県の志布志事件では、多くの高齢者を含む十数名の市民が、選挙法違反という軽い罰金刑が見込まれる罪で起訴され、最大395日拘束された。自白した者はすぐに釈放される一方で、否認を貫いた者は何度も保釈を請求してようやく認められた。最終的に架空の事件であることが認められ、起訴された全員が無罪となった(2007年判決確定)。否認する被告人に対する拘束期間は同じように長期間に及ぶ。
このような日本の刑事司法のあり方、すなわち罪を認めるまで身体拘束を続け、その間に長時間の取り調べを弁護人の立ち会いなく受忍させ、黙秘権を認めず、被疑者に苦し紛れの虚偽自白までさせるあり方は「人質司法」といわれてきた。これは日本のおもな冤罪原因のひとつであるが、2000年代以降の刑事司法改革でも放置されたまま、現在に至っている。
「人質司法」は、裁判への出頭の確保という本来の目的を超えて、身体の自由や黙秘権、公正な裁判を受ける権利などの日本国憲法上保障された人権を侵害するものである。「否認する以上、釈放せずに取り調べを受けさせる」という運用は、長期間の身体拘束や長時間の取り調べによる苦痛を自白獲得の手段として用いるものと評価されてもやむを得ず、拷問の禁止にすら反する。無罪推定の原則や拷問の防止、弁護人立会権の保障などの様々な国際人権基準にも違反する。
日本の法律家は、これまでも国際的に見て異常である「人質司法」を強く批判してきた。私たち日本の法律家は改めて「人質司法」からの脱却を求め、人権という普遍的価値をひとしく享受する世界の人々とともに訴えるものである。
以上
■事務局■
今村核(弁護士、第二東京弁護士会所属)
笹倉香奈(甲南大学法学部・教授)
土井香苗(国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ・日本代表)
■呼びかけ人・事務局(五十音順、55名)■
赤池一将(龍谷大学・教授)
秋田真志(弁護士、大阪弁護士会所属)
阿部浩己(明治学院大学・教授)
石塚伸一(龍谷大学・教授/第二東京弁護士会所属)
五十嵐二葉(弁護士、東京弁護士会所属)
泉澤章(弁護士、東京弁護士会所属/自由法曹団・幹事長)
伊藤和子(弁護士、東京弁護士会所属/ヒューマンライツ・ナウ・事務局長)
伊東秀子(弁護士、札幌弁護士会所属/元衆議院議員)
指宿信(成城大学・教授)
今井直(宇都宮大学・名誉教授)
今村核(弁護士、第二東京弁護士会所属)
大熊政一(弁護士、東京弁護士会所属/国際法律家協会・会長)
奥村回(弁護士、金沢弁護士会所属)
海渡雄一(弁護士、第二東京弁護士会所属)
神山啓史(弁護士、第二東京弁護士会所属)
亀石倫子(弁護士、大阪弁護士会所属)
加毛修(弁護士、第一東京弁護士会所属)
河﨑健一郎(弁護士、東京弁護士会所属)
川崎英明(関西学院大学・名誉教授)
北村栄(弁護士、愛知県弁護士会所属/青年法律家協会・弁護士学者合同部会議長)
北村泰三(中央大学法科大学院・教授)
木谷明(弁護士、第二東京弁護士会所属/元裁判官、前法政大学法科大学院教授)
葛野尋之(一橋大学・教授)
小池振一郎(弁護士、第二東京弁護士会所属)
小坂井久(弁護士、大阪弁護士会所属)
後藤昭(青山学院大学・教授)
後藤貞人(弁護士、大阪弁護士会所属)
櫻井光政(弁護士、第二東京弁護士会所属)
笹倉香奈(甲南大学法学部・教授)
笹本潤(弁護士、第二東京弁護士会所属)
白取祐司(神奈川大学法務研究科・教授)
申惠丰(青山学院大学・教授)
杉本周平(弁護士、滋賀弁護士会所属)
高野隆(弁護士、第二東京弁護士会所属)
田鎖麻衣子(弁護士、第二東京弁護士会所属)
趙誠峰(弁護士、第二東京弁護士会所属)
土井香苗(国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ・日本代表)
豊崎七絵(九州大学・教授)
新倉修(弁護士、東京弁護士会所属/青山学院大学・名誉教授)
西嶋勝彦(弁護士、東京弁護士会所属)
西村健(弁護士、大阪弁護士会所属)
弘中惇一郎(弁護士、東京弁護士会所属)
渕野貴生(立命館大学・教授)
松宮孝明(立命館大学・教授)
三島聡(大阪市立大学・教授)
水谷規男(大阪大学大学院高等司法研究科・教授)
美奈川成章(弁護士、福岡県弁護士会所属)
宮村啓太(弁護士、第二東京弁護士会所属)
宮澤節生(神戸大学・名誉教授)
村井敏邦(一橋大学・名誉教授)
村木一郎(弁護士、埼玉弁護士会所属)
森川文人(弁護士、第二東京弁護士会所属)
山下幸夫(弁護士、東京弁護士会所属)
米倉洋子(弁護士、東京弁護士会所属/日本民主法律家協会・事務局長)
渡邉彰悟(弁護士、第一東京弁護士会所属)
■署名人(呼びかけ人55名、 弁護士812名、研究者143名、合計1010名)
—————————————-
(2019年04月23日公開)