〈飯塚事件〉検察に証拠リストの開示を求めず、いったん勧告もインカメラ審理で判断/福岡高裁、第2次再審請求審で

小石勝朗 ライター


三者協議を終え記者会見に臨む弁護団の岩田務弁護士(右)と徳田靖之弁護士=2025 年2月27日、福岡市中央区の福岡県弁護士会館、撮影/小石勝朗

 1992年に福岡県で女児2人が殺害された「飯塚事件」をめぐり、死刑を執行された久間三千年(くま・みちとし)さん(執行時70歳)の妻が申し立てた第2次再審請求で、福岡高裁(溝國禎久裁判長)は2月27日、久間さん側の弁護団が請求していた証拠リスト(書類目録)の開示を検察に勧告しない方針を示した。検察からリストや文書の提示を受け「インカメラ審理」をした結果、弁護団が求める内容の文書はないと判断したという。高裁は昨年いったん証拠リストなどの開示を検察に勧告しており、弁護団は強く反発している。

2人の新たな証言の信用性が争点

 1992年2月20日、福岡県飯塚市の小学校へ登校中だった1年生の女子児童2人(ともに当時7歳)が行方不明になり、翌日正午ごろ、約30km離れた山中を走る国道沿いの崖下で遺体となって見つかった。久間さんは2年7カ月後に逮捕され、殺人と略取誘拐、死体遺棄の罪で起訴されたが、捜査段階から一貫して犯行を否認。直接的な物証や自白がない中で、状況証拠を積み重ねて導かれた死刑判決が2006年に最高裁で確定し、久間さんは約2年後に刑を執行された。

 第2次再審請求審では、弁護団が新証拠として提出した2人の証言の信用性が争点になっている。女性Pさんは事件発生直後に「女児が行方不明になった日の午前8時半ごろ、車で通勤途中に通学路の三叉路で女児2人を目撃した」と証言し、女児が連れ去られた時間と場所の根拠になったが、今回「女児を見たのは別の日だった」と翻した。もう1人の男性Aさんは「女児が行方不明になって間もない時間に近くのバイパスを車で走行中、2人とみられる女児を乗せた軽自動車と遭遇し久間さんではない男が運転していた」と証言した。

 福岡地裁は2人の証人尋問をしたが、昨年6月、証言の信用性を認めず再審請求を棄却する決定をした(地裁決定の内容については、本サイト掲載の拙稿をご参照ください)。

 弁護団は即時抗告し、高裁の審理でも2人の証言は再審開始の要件である「無罪であることが明らかな新証拠」に当たると主張している。連れ去り現場とされた三叉路付近では、同じ頃に久間さんの車と同じ「紺色のワゴン車」を見たとの別の人の証言があるが、Pさんの目撃が別の日だったとなれば連れ去りの時間や場所は特定できなくなり、久間さんの車とも結び付かなくなる。Aさんの証言も、久間さんが犯人でないことの支えになる。

約60項目の文書の内容を確認

 福岡高裁は昨年10月、即時抗告審の最初の三者協議で、弁護団の請求を受けて証拠リストとPさん・Aさんの初期供述にかかわる捜査資料を開示するよう検察に勧告した。12月に検察が、初期供述の捜査資料は「見当たらなかった」、証拠リストは「必要性がない」と開示を拒むと、今年1月30日には裁判所だけに証拠リストを提示する「インカメラ審理」に応じるよう勧告。検察は受け入れる姿勢を示していた。2月27日に裁判所と弁護団、検察による三者協議(非公開)が開かれ、高裁はその後の経過や判断の結果を弁護団に伝えた。

 協議終了後に記者会見した弁護団によると、検察は2月7日に証拠リストを高裁に提示した。しかし、記載されていた約70項目は表題と日付、作成者だけだったため、高裁は「中味を確認したい」と検察に要請。これまでの裁判に提出されていたものを除く約60項目について、文書そのものの提示を求めた。

 2月19日に提示を受けた結果、高裁は「PさんとAさんの初期供述に関連するものは見当たらなかった」と判断。証拠リストや2人の初期供述の捜査資料について「現時点でこれ以上の開示勧告はしない」との方針を示した。

 高裁は2人の初期供述をテーマに据えていたため、検察に提示を求めた証拠リストは事件が発生した1992年に作成された文書をまとめたもの。リストに記載されていたのは、捜査報告書や電話による聴き取りの報告書(電話筆記用紙)だという。

弁護団は抗議、今後の対応に苦悩も

 「まったく納得がいかない」

 弁護団共同代表の徳田靖之弁護士は記者会見で怒りを露わにした。「即時抗告審に入ってからの訴訟指揮の流れと違う。高裁は『弁護団への開示が前提』と検察にも伝えており、そのためのインカメラ審理ではなかったのかと抗議した。提示されたリストに載っていたのは、警察から検察に送られた文書すべてなのか。高裁の検討過程について詳しい説明がないと納得できない」と語気を強めた。

 弁護団は次回の三者協議で、改めて証拠リストや2人の初期供述に関する証拠の開示を求める考えだ。検察に未送致のため証拠リストに載っていない文書が警察にあるとみており、開示勧告を求める意向だが、「ない」と言われるとそれ以上の手がかりはないという。

 三者協議で溝國裁判長は「今後何かできるか検討する」と述べたそうだが、弁護団は「リップサービスで期待できない」と受けとめており、「あるはずの2人の初期供述がない前提で、今後の審理への対応方針を検討せざるを得ないのか」と苦悩も覗かせた。

事件発生直後の初期供述が「決定的に重要」

 弁護団が証拠リストの開示にこだわるのには理由がある。

 Pさんは「当時の調書は記憶と異なる内容で、警察官に押し切られて署名してしまった」と明かしている。Pさんの供述調書が取られたのは事件発生の約10日後なので、その前の初期段階でPさんがどう話していたかが新たな証言の信用性を裏づけるポイントになる。

 また、地裁の請求棄却決定は事件発生から長期間が経ってからのPさんの新証言やAさんの証言に対し、細かい変遷を挙げて「一貫した記憶に基づいて証言しているとは考えられない」などと断じており、弁護団は事件発生直後の証言内容が「決定的に重要」(徳田氏)と捉えている。

 主任弁護人の岩田務弁護士は「私たちはさまざまな情報を持っているから、証拠リストを見せてもらえばピンポイントで(必要な文書を)探すことができる」と指摘し、改めて開示を求めた。

 第2次再審請求審では福岡地裁も2023年3月に証拠リストの開示を勧告したが、検察は「再審請求審で裁判所に証拠開示やリスト交付を命じる権限はなく、検察には応じる法的な義務はない」などと拒否し、地裁もそれ以上の措置を取らなかった経緯がある。今回の高裁の対応を受けて、徳田弁護士は「再審法制を改正して証拠開示を義務づける規定を設ける必要がある」と強調した。

◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう) 
 朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。


【編集部からのお知らせ①】

 本サイトで連載している小石勝朗さんが、2024年10月20日に、『袴田事件 死刑から無罪へ——58年の苦闘に決着をつけた再審』(現代人文社)を出版した。9月26日の再審無罪判決まで審理を丁寧に追って、袴田再審の争点と結論が完全収録されている。


【編集部からのお知らせ②】

 第1次再審までの争点については、飯塚事件弁護団編『死刑執行された冤罪・飯塚事件──久間三千年さんの無罪を求める』(現代人文社、2017年)が詳しい。

(2025年03月06日公開)


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