〈袴田事件・再審〉袴田巖さんの主任弁護人が判決内容を批判、「捜査機関の違法行為を無視」/2億円超の刑事補償を請求

小石勝朗 ライター


静岡地裁の再審無罪判決の内容を批判する小川秀世弁護士=2025年1月25日、静岡市清水区、撮影/小石勝朗

 袴田事件(1966年)でいったん確定した死刑が再審(やり直し裁判)で覆り、改めて無罪が確定した元プロボクサー・袴田巖さん(88歳)の主任弁護人を務めた小川秀世・弁護団事務局長が、講演で静岡地裁(國井恒志裁判長)の再審判決の内容を批判した。小川氏は「裁判所は捜査機関の主張の多くをそのまま受け入れ、違法行為を無視した」と指摘。原因として証拠開示が不十分なことなどを挙げ、再審法制を整備する必要性を改めて強く訴えた。

「捜査段階は無法地帯」

 「30点の判決です」

 こう切り出した小川氏は「再審請求審で新規・明白な証拠や捏造の可能性が認められており、決着はついていた。無罪判決は当然の結論です」との前提に立ったうえで、「判決の問題点をお話します」と厳しい受けとめを繰り出した。

 事件が起きた静岡市清水区(当時は清水市)で「袴田巖さんを救援する清水・静岡市民の会」が1月25日に開いた集会。会は弁護団と共同で、血液を付けた衣類を長期間味噌に漬けて色調の変化を見る実験などに取り組んできたが、再審無罪が確定したため解散を決め、最後の集会に小川氏を招いた。

 小川氏はまず、昨年9月の地裁判決を「捜査段階で行われた多くの証拠捏造の可能性を無視した」と問題視した。

 具体的には、①凶器とされたクリ小刀の鞘が、袴田さんが住込みで働いていた味噌工場にあった雨合羽のポケットから見つかった、②被害者宅にあった8個の金袋のうち3個だけが盗まれ、そのうちの2個は味噌工場との間に落ちていた、③味噌工場にあった混合油が放火に使われた——との地裁判決の認定を列挙。警察官が鞘を雨合羽のポケットに入れたり2個の金袋を発見場所に置いたりした疑いがあり、放火に使われた油と混合油が一致するとの警察の鑑定には虚偽の可能性があると主張した。

 原因として「捜査段階は無法地帯で、その様子は何も分からない。裁判所は『確実なもの』との思い込みで捜査の結果をそのまま受け入れた」との見方を示した。

「裁判所の誤りを隠蔽しようとした」

 小川氏は次に、地裁判決が「これまでの裁判所の認定の誤りを極力隠蔽しようとしている」ことを取り上げた。

 力を込めたのは、確定審が犯行着衣と判断した「5点の衣類」を捏造するために捜査機関が施した加工の痕跡を否定した点。①ズボンの裏地には血痕がないのに、その下に履くステテコには多量の血痕がある、②半袖シャツの血痕部分に血を削ぎ落したような跡がある、③袴田さんの右上腕部の傷と半袖シャツやスポーツシャツの損傷の数や位置が一致しない——と弁護団が主張してきた疑念を紹介し、「再審請求をする前の証拠でも5点の衣類の捏造を判断できたはずだ」と語気を強めた。

 また、殺害後に袴田さんが3回通ったと確定審が判示した被害者宅の裏木戸について、地裁判決が「開いていた」と認定したのに対しても、「かんぬきも留め金もかかっていて開けられなかった」と異を唱えた。

 さらに「真実に目をそむけた判決」として、金品を奪う目的の単独犯が深夜に侵入して事件を起こしたとの地裁の認定に反論した。①被害者4人が1人も逃げ出しておらず隣人も叫び声や物音を聞いていない、②被害者の傷に犯人と格闘した痕跡は見られず、傷の状況などから拘束された状態で刃物で刺された可能性がある、③被害者宅は物色されておらず多くの金品が残されていた——と根拠を説明し、「被害者らに恨みを持つ複数の犯人が、就寝前に入り込んで事件を起こした」との見立てを展開した。

証拠開示など再審制度の改革を

 これらを踏まえて小川氏は「捏造は捜査段階から始まっていた。捜査機関はいったん証拠を捏造すると、別の証拠の捏造や証拠隠し、偽証をせざるを得なくなる」と断じた。「法廷は嘘にまみれ、真実は隠された」と推察し、そのために裁判が長期化したと分析。再審判決は「そうした違法行為を無視している」と非難した。

 喫緊の対策として再審制度の改革が必要と強調し、特に証拠開示の重要性をアピールした。また、捜査の内容を後で検証できるようにするために、参考人を含むすべての取調べの録画と、すべての捜査への携帯型・装着型の小型カメラ導入を提唱した。

身柄拘束は1万7,389日間、上限額の刑事補償を

 無罪判決の確定を受けて、袴田巖さんと成年後見人を務める弁護士が1月29日、2億1,736万2,500円の刑事補償金を交付するよう静岡地裁に請求した。袴田さんの身柄拘束期間は、逮捕された1966年8月18日から、静岡地裁の再審開始決定によって釈放された2014年3月27日まで、47年7カ月10日間=1万7,389日間に及んでおり、刑事補償法が定める上限の日額1万2,500円で算定するよう求めている。

 刑事補償請求書は、袴田さんが「捜査機関によって証拠を捏造されて死刑判決を下された『冤罪』だったことが認められる」と指摘。袴田さんが死刑の恐怖にさらされて精神障害(拘禁反応)を患ったことから「肉体的・精神的苦痛による損害の程度は計り知れない」と強調し、30歳から身柄を拘束されていたため「逸失利益も相当高額」なこととともに、上限額を適用すべき根拠に据えた。

 地裁は、検察に意見を求めるなどしたうえで、春ごろにも刑事補償の金額を決定するとみられる。

【袴田事件の再審決定後の動き】は以下を参照(編集部)
〈袴田事件・再審〉「5点の衣類の捏造」を受け入れず、取調べの違法性は認める/検察と警察が捜査・公判の検証報告書(下)
〈袴田事件・再審〉「5点の衣類の捏造」を受け入れず、取調べの違法性は認める/検察と警察が捜査・公判の検証報告書(上)
〈袴田事件・再審〉無罪判決をめぐる検事総長談話に袴田巖さんの弁護団が抗議、撤回を要求/袴田さんも参加し「無罪判決報告集会」

 ◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう) 
 朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。


【編集部からのお知らせ】

 本サイトで連載している小石勝朗さんが、2024年10月20日に、『袴田事件 死刑から無罪へ——58年の苦闘に決着をつけた再審』(現代人文社)を出版した。9月26日の再審無罪判決まで審理を丁寧に追って、袴田再審の争点と結論が完全収録されている。

(2025年02月15日公開)


こちらの記事もおすすめ