警察は捏造が「された」とも「されなかった」とも認めず
静岡県警の検証報告書は「再審無罪判決を踏まえた事実確認の結果について」とのタイトルで、添付資料を含めてA4判11ページ。検察の報告書と同じ昨年12月26日に公表された。静岡地裁の再審無罪判決で「捜査に対して非常に厳しい指摘がなされた」ため、「今後一層の適正捜査の推進に資する教訓を得るために実施した」と説明。事件発生時に捜査に当たった元警察官6人、事件現場になった味噌会社の元従業員6人からの聴取や事件記録の確認をしたという。
5点の衣類やズボンの共布の捏造については、当時の捜査員から「警察官が捏造を行ったことをうかがわせる具体的な事実や証言を得ることはできなかった」と記した。半面、「そのような捏造が行われなかったことを明らかにする具体的な事実や証言を得ることもできなかった」と釈明しており、「玉虫色」の結論になっている。そのため、捏造に関して県警として謝罪や反省の言葉は書かれていない。
理由として、聴取をした元捜査員がいずれも当時巡査の階級で捜査の中心的な立場になかったことや、証拠品の管理など5点の衣類や共布にかかわる捜査を担当していなかったことを挙げた。
味噌タンクの初動捜査には落ち度
ただ、事件発生当時、のちに5点の衣類が見つかる味噌タンクの初動捜査に落ち度があったことは認めた。県警が事件4日後に味噌工場を捜索した際、味噌会社側から「商品としての価値がなくなる」と頼まれたためタンク内を詳しく調べなかったとされている点に触れ、「事案の重大性にもかかわらず、結果として捜査が不十分だったと言わざるを得ない」と自省した。
報告書は、これが再審裁判の長期化や、捏造を認定される要因の1つになったと捉え、「真摯に受けとめ、改めて初動捜査の重要性を認識させる教訓とすべきだ」と戒めた。
弁護士との接見の盗聴は「重大な違法」と明記
取調べについては、①逮捕から「自白」前日まで1日平均約12時間に及んだうえ、ほぼ連日、午後10時以降まで続けた、②被害者の写真を示して繰り返し謝罪を求めたり、勾留の長期化を示唆して自白を迫ったりした、③便器を持ち込むなどして取調室内で2回排尿させた——と確認の結果を列挙。「不適正だったと言わざるを得ない」と、無罪判決が非難した違法性を受け入れた。
また、袴田さんが逮捕されて4日後の弁護士との最初の接見のやりとりを、県警が密かに録音していたことを問題視した。
報告書は「刑事手続きにおいて弁護人との秘密交通権は身体の拘束を受けている被告人・被疑者に保障されるべき防御権の最たるもの」との前提に立ったうえで、接見の盗聴が「被疑者勾留そのものの正当性を阻却し、ひいては勾留中の捜査活動で得られる証拠すべての信用性に疑義を生じさせかねない重大な違法」との認識を示し、「深く反省するとともに今後の適正捜査に向けた教訓としなければならない」と警鐘を鳴らした。
さらに、県警が保管していた5点の衣類のカラー写真のネガと取調べの録音テープが、ともに2014年まで見つからなかった経緯も検証。ネガについては「他の書類に紛れていることは想定されなかった」と釈明しながらも、「整理整頓がなされていればこのような事態にはなっていなかった」と落ち度を認めた。録音テープについては「証拠物件として保管管理すべき対象と捉えられていなかった」などと弁解するにとどまった。
弁護団は検察、警察の検証を強く批判
検察と警察の検証報告書が公表されたのを受けて、再審で袴田さんの主任弁護人だった小川秀世・弁護団事務局長が記者会見し、「全体として非常に不十分。がっかりさせる内容だ」と怒りを露わにした。弁護団は再審無罪判決の確定後、「捜査・公判手続全般にわたって厳正かつ真摯な検証」をするよう求めていた。
小川氏が特に問題視したのは、裁判で指摘された事項に限った検証・調査になっている点。「開示されなかった証拠がまだあるはず」との認識を示し、「裁判で議論にならなかったことを含めて検証すべきだ。そうした証拠を使えばさらに問題点が明らかになるはずだ」と語気を強めた。
判決から3カ月で報告書がまとめられたことにも触れて「死刑事件で重大な間違いや捏造があったのだから、もっときちんとやるべきだ」と批判し、第三者による検証をするよう訴えた。弁護団は、国会の国政調査権に基づく特別調査委員会の設置を想定している。
【袴田事件の再審決定後の動き】は以下を参照(編集部)
・〈袴田事件・再審〉「5点の衣類の捏造」を受け入れず、取調べの違法性は認める/検察と警察が捜査・公判の検証報告書(上)
・〈袴田事件・再審〉無罪判決をめぐる検事総長談話に袴田巖さんの弁護団が抗議、撤回を要求/袴田さんも参加し「無罪判決報告集会」
・〈袴田事件・再審〉検察が控訴を断念、袴田巖さんの無罪が確定/検事総長談話は判決に「強い不満」
◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう)
朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。
【編集部からのお知らせ】

本サイトで連載している小石勝朗さんが、2024年10月20日に、『袴田事件 死刑から無罪へ——58年の苦闘に決着をつけた再審』(現代人文社)を出版した。9月26日の再審無罪判決まで審理を丁寧に追って、袴田再審の争点と結論が完全収録されている。
(2025年02月08日公開)