「裁判所によるバッジやパーカ、靴下の着用制限は違法」/袴田事件の弁護人・支援者らが国賠訴訟

小石勝朗 ライター


裁判所に着用を拒まれたパーカと靴下を示す清水一人さん(左)と鈴木賢さん=2024年11月13日、東京・霞が関の司法記者クラブ、撮影/小石勝朗

 「袴田事件」の再審公判で静岡地裁が法廷でのバッジやパーカの着用を制限したのは違法だとして、無罪が確定した袴田巖さん(88歳)の主任弁護人と支援者が11月13日、国を相手取り国家賠償請求訴訟を東京地裁に起こした。

 同様に「同性婚訴訟」の傍聴にあたり福岡地裁にレインボー柄の靴下の着用を制限されたとして、大学教授も共に提訴した。3人の弁護団は「裁判長が法廷での権限を恣意的に運用することは許されない。基準を問いたい」と訴訟の意義を説明している。

「HAKAMADA」の文字をテープで隠す

 訴状によると、袴田さんの主任弁護人の小川秀世弁護士は、再審の第1回公判(2023年10月)から支援団体「袴田サポーターズ・クラブ」のバッジを着けて静岡地裁の法廷に入っていたが、今年4月の第14回公判で國井恒志裁判長から外すように命じられた。やむを得ず5月の第15回公判からバッジを外して出廷した。

裁判所職員にテープを貼られた清水さんのパーカ=2024年4月24日、静岡市葵区、撮影/小石勝朗

 同クラブ代表の清水一人さん(76歳)は第14回公判で傍聴券の抽選に当たり、入廷前の所持品検査を受けた時に、着ていたパーカの背中に書かれた「FREE HAKAMADA」の文字と小川弁護士と同じバッジを地裁職員に問題視された。職員が「HAKAMADA」の文字の上に養生テープを重ね貼りして隠し、バッジも外して、ようやく傍聴できた。

 また、鈴木賢・明治大教授(中国法・台湾法)は昨年6月、同性婚が認められないのは違憲だとして起こされた訴訟の判決が福岡地裁であった際、傍聴券の抽選に当たって入廷しようとしたところ、半ズボンだったため地裁職員に履いていた靴下のレインボー柄を隠すよう命じられた。このため柄の部分を内側に折り込んで見えないようにして傍聴した。鈴木さんは性的マイノリティーの権利保障の研究もしており、レインボー柄は性の多様性を象徴する意味を持つ。

 3人が受けたいずれの命令や処置についても、裁判所から必要性や理由の説明はなかったという。

法廷警察権は「無制限ではない」

 こうした着用制限の根拠とされるのは、法廷の秩序維持のため裁判長に認められた「法廷警察権」だ。裁判所法71条2項は、①法廷における裁判所の職務の執行を妨げる者、または、②不当な行状をする者に対し、裁判長は退廷をはじめ必要な命令・処置ができると定める。3人の弁護団によると、①には暴行、暴言や喧騒行為といった「静粛で秩序正しい手続きの進行を妨害する行為」、②には飲酒酩酊や飲食、喫煙、異様な服装といった「一般に守られるべき節度を欠く行為・態度」が該当するという。

 この規定をめぐり弁護団は今回の訴訟で、憲法82条の公開裁判の原則などに基づき「法廷警察権は無制限ではない」「恣意的に行使されてよいものではない」と強調している。

 袴田さんの再審公判で着用を禁じられたバッジは直径2.1cmの円形で、中央にツバキの花が描かれ、周縁部に2mm×1~2mmの文字で「HAKAMATA SUPPORTERS CLUB」「幸せの花」と書かれている。清水さんが着ていたパーカの文字は3.5cm×2cmほど。鈴木さんの靴下は白い生地の上部の約6.5cmの部分に3本のラインが入っており、コンビニで販売されていたものだ。

 3人は、バッジのサイズや文字が小さいこと、パーカの文字は背中に入っていること、靴下の柄は部分的で文字も印字されていないことなどから、「(法廷で)訴訟関係人が心理的威圧を受けたり、忌避感を抱いたりする具体的な可能性はおよそ存在しない。周囲の人の傍聴を妨害するものでもない」と主張している。

 弁護団は、3人の目的は平穏に傍聴をすることや必要な弁護活動をすることであり「法廷での裁判所の職務の遂行を妨げるような行為は何もしていない」と立論し、裁判所が問題視したバッジやパーカ、靴下の着用はいずれも「社会で日常的に行われていることで不当な行状には当たらない」と指摘。裁判所が着用を制限したのは、裁判所法が定める「法廷警察権の行使要件を満たさず違法」と断じている。

 さらに、これらの命令と処置は、袴田さんへの支援を表象するものすべてやレインボー柄を排除することが狙いで「法廷の秩序維持という法廷警察権の目的を著しく逸脱する」と非難した。違法な公権力の行使に当たると訴え、3人が受けた精神的苦痛への賠償として国に対しそれぞれ110万円を支払うよう求めている。

提訴後に記者会見する原告と弁護団=2024年11月13日、東京・霞が関の司法記者クラブ、撮影/小石勝朗

「裁判所が恣意的に傍聴人を選んでいる」

 提訴後の記者会見には、清水さんと鈴木さんが参加した。

 清水さんは「このバッジをもって運動や意思表示をしようとするものではない。袴田さんの再審を、無罪判決を得るだけでなく、公判全体を通じて歴史的な重みを示すものにしたい」と提訴の動機を話した。鈴木さんは「別の裁判所では同じ靴下は問題にされなかった。裁判所が恣意的に傍聴する人を選んでいる」と力を込めた。

 亀石倫子弁護団長は「今回の3人の事案では、メッセージや主義主張を発したわけではない。訴訟を通じて、裁判所には法廷警察権にどういう基準があるのか示してほしい」と述べた。

 弁護団は「このままでは憲法が定める公開裁判の原則が裁判長の一存で歪められかねない。裁判の傍聴に対して国民を委縮させれば、司法に対する信頼も損なわれかねない」と危機感を示す。この訴訟を「オープンコート訴訟」と名づけ、「行き過ぎた法廷警察権の行使に歯止めをかけ、より開かれた司法を実現すること」を目的に掲げている。

◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう) 
 朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。


【編集部からのお知らせ】

 本サイトで連載している小石勝朗さんが、10月20日に、『袴田事件 死刑から無罪へ——58年の苦闘に決着をつけた再審』(現代人文社)を出版した。9月26日の再審無罪判決まで審理を丁寧に追って、袴田再審の争点と結論が完全収録されている。

(2024年11月26日公開)


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