10月23日、名古屋高等裁判所金沢支部(山田耕司裁判長)は、いわゆる「福井女子中学生殺害事件」第2次再審請求事件について、再審開始の判断をした。弁護人は、同日、検察に対して異議申立てをしないよう要請した。10月28日の検察の異議申立て期限まえに、弁護士会や市民団体が、それぞれ声明を発表している。
弁護士会などが検察に異議申立ての断念を求める
福井弁護士会(堺啓輔会長)は、「『福井女子中学生殺人事件』再審開始決定に関する会長声明」を出した。
「今回の再審開始決定について、裁判所が再審における証拠開示や事案の真相解明に向けて積極的な訴訟指揮を行ったうえで、過去の裁判の誤りを正し、自ら正義の回復を図ったものとして高く評価する。他方、確定審以来、証拠開示について後ろ向きな姿勢に終始し、事案解明及び無辜の救済を阻んできた検察官に対して、真摯な反省を求めるとともに、今回の再審開始決定に対して、決して異議申し立てを行うことのないよう、強く要請する」
福井弁護士会は、前川氏が無罪判決を勝ち取るまで支援を続けることを改めて表明するとともに、「無辜の市民が罰せられることのないよう、捜査機関の有する証拠の全面開示といったえん罪防止のための制度改革や再審法の全面改正など、正義の実現に全力を尽くす」と表明した。
また、日本弁護士連合会も、「『福井女子中学生殺人事件』再審開始決定に関する会長声明」を同日、発表している。
さらに、前川彰司さんを守る福井の会など4市民団体が、名古屋高等検察庁金沢支部長・市原久幸宛に、再審開始決定に対する異議の申立て(不服申立て)の断念を求める要請書を送ったと発表した。
その中で、長年にわたり警察、検察の手元に秘匿された287点の開示証拠の中にあった捜査報告書等が前川さんの無実を裏付ける有力な証拠となったことは重大であり、その観点からも異議申立理由が存在しないことは明らかであると指摘して、つぎのように結んでいる。
「前川さんは事件発生翌年の1987年に逮捕されて以来、40年近くも殺人犯の汚名を着せられ、出所後の人生も大きく破壊されました。これ以上、司法が前川さんと家族の尊厳と人権を翻弄することは許されません。1審の無罪判決、そして2度の再審開始決定と事実上の無罪判決を3度も受けています。重大な証拠を隠した検察官が、さらに抵抗を重ねて前川さんの有罪を主張することはあってはなりません。
検察は、今こそ、『基本的人権を尊重し……無実の者を罰することにならないよう』『事案の真相解明に取り組む』ことを命じた『検察の理念』(平成23年9月付最高検察庁策定)に立ち返るべきです。そして、前川さんの人権と名誉を速やかに回復するため再審開始決定に対する異議申立を断念し、一日も早く、前川さんを無辜の罪から救済することを強く求めます」
第2次再審・名古屋高裁金沢支部は、捜査の不正を厳しく指摘
この事件は、1986年3月、福井市内で女子中学生が殺害された事件で、事件発生1年後に前川さんが逮捕され、殺人などで起訴された。しかし、前川さんは逮捕以来一貫して無罪を主張。検察が提出した有罪証拠は、本件発生時のころ犯行現場付近などで着衣等に血痕を付着させた前川さんの姿を見たとする関係者供述のみで、しかもそれは捜査段階から変遷を重ねていた。
確定第一審の福井地方裁判所(西村尤克裁判長)は、この関係者供述の信用性を否定し、1990年9月26日、無罪判決を言い渡した。ところが、確定控訴審・名古屋高裁金沢支部(小島裕史裁判長)は、関係者供述の変遷を認めた上で「大筋で一致」するとして供述の信用性を認め、1995年2月9日、逆転有罪判決(懲役7年)を言渡した。最高裁で有罪判決が確定。
その後、前川さんは、2004年7月、第1次再審請求を申立てたが、再審請求審・名古屋高裁金沢支部(伊藤新一郎裁判長)で関係者らの供述調書の一部などが開示された結果、関係者供述の著しい変遷がより一層明らかになり、2011年11月30日、関係者供述の信用性が否定されて再審開始決定。ところが、再審異議審の名古屋高裁(志田洋裁判長)は2013年3月6日、再審開始決定を取消した。特別抗告審・最高裁(千葉勝美裁判長)もこれを認めた。2022年10月14日、前川さんは第2次再審請求を申立てた。
今回の名古屋高裁金沢支部の判断の際立った特徴は、確定審が有罪の根拠とした証拠である関係者供述を、「自身の覚醒剤事件で有利な量刑を得るため、捜査に行き詰まった捜査機関の誘導などに迎合し、うその供述をした疑いを払拭できない」とした点である。
同決定は、警察官が、裁判で検察に有利な供述をした供述関係者の一人に結婚祝い渡していたことについて、つぎのように厳しく指摘する。
「職務の公正を保つべき警察官が私的交際関係のない重要証人に対し、証人尋問に近い時期に金銭を交付することは、公正であるべき警察官の職務に対する国民の信頼を裏切る不当な所為で許されず、警察官も当然そのことを弁えていたはずである」
さらに、訴訟活動における検察官の不正の点にも触れている。
同供述関係者は、事件の夜、被害者の血痕ついた衣服を着た前川さんと出会ったことを裏付ける事実としてある「テレビ番組」を見たことを証言していた。しかし、再審請求審で証拠開示があった捜査報告書によると、その番組は存在しないことが分かっていたことが判明していた。そのことを知りながら検察官は訴訟活動を続けていた。
この点に関して、決定は、「確定審検察官の訴訟活動は、知らなかったと言い逃れできるような話ではなく、少なくも確定審検察官において不利益な事実を隠そうとする不公正な意図」があったと指摘している。そして、「公益を代表とする検察官としてあるまじき、不誠実で罪深い不正の所為といわざるを得ず、適正手続確保の観点からして、到底容認できない」と断じる。
1983年に免田事件、1984年に財田川、松山事件など死刑再審無罪があり、冤罪事件で無罪判決が続いており、その中で捜査の問題点なども指摘されていた。しかし、福井県警の1986年の捜査活動には、この教訓が生かされていなかったといえる。
【追記(2024年10月30日)】
この福井地裁の再審開始決定に対して、検察は10月28日、異議申立てをしないことを、記者会見を開いて表明した。 名古屋高等検察庁の畑中良彦次席検事は、その判断理由について、「決定書の内容を子細に検討し、証拠関係を総合的に考慮した結果、異議申し立てはしないと判断した。今後の手続きは再審公判で行うことになり、適切に対応したい」などと説明したという。
これによって、再審(やり直しの裁判)が開かれることになった。(編集部)
(2024年10月24日公開)