〈袴田事件・再審〉「5点の衣類」の血痕のDNA鑑定をめぐり攻防/「袴田さんの型と一致せず」との結果に評価は対立/第13、14回公判

小石勝朗 ライター


再審公判へ向かう袴田巖さんの姉・袴田秀子さん(前列中央)と弁護団=2024年4月17日、静岡地裁前、撮影/小石勝朗

 1966年に静岡県清水市(現・静岡市清水区)の一家4人が殺害された「袴田事件」で強盗殺人罪などに問われ、死刑が確定した元プロボクサー袴田巖さん(88歳)の再審(やり直し裁判)第13、14回公判が、4月17日と24日に静岡地裁(國井恒志裁判長)で開かれた。テーマは、袴田さんの犯行着衣とされた「5点の衣類」の血痕に実施したDNA鑑定の信用性。「袴田さんや被害者のDNA型と一致しない」と結論づけた法医学者の鑑定結果をもとに「5点の衣類が捏造証拠だと裏づける」と主張する袴田さんの弁護団に対し、検察は「鑑定に信用性はなく証拠とはなり得ない」と反論した。

再審請求審で裁判所の判断は割れる

 5点の衣類の1つ、半袖シャツの右肩の血痕は袴田さんと同じB型で、犯行時に被害者ともみ合って袴田さんが負傷した際に付いたとされてきた。
 
 第2次再審請求審で静岡地裁は2011~12年に、弁護団が推薦した本田克也・筑波大教授(法医学、肩書は当時)と検察が推薦した山田良広・神奈川歯科大教授(法医学)によるDNA鑑定を実施。右肩の血痕のDNA型について、本田氏は袴田さんの型と「一致しない」、山田氏は「完全に一致するDNAは認められない」との鑑定結果を出した。本田氏は被害者4人の返り血とされていた血痕についても「被害者の血液は確認できなかった」と判定した。

 静岡地裁は本田氏の鑑定結果を「無罪を言い渡すべき新規・明白な証拠」の1つと認め再審開始決定(2014年3月27日)を導いたが、東京高裁の即時抗告審は本田氏の鑑定の信用性を否定し逆転の請求棄却決定(2018年6月11日)を出した。最高裁は「血痕の色合い」を根拠に審理を高裁へ差し戻す一方で、DNA鑑定に対してはDNAの劣化や汚染を理由に高裁の判断を支持。再度の再審開始決定(2023年3月13日)を出した東京高裁の差戻審も「血痕の色合い」を新証拠に採用し、DNA鑑定については「再審開始を認めるべき証拠に該当するかどうかを改めて判断するまでもなく」と記すにとどまっていた。

弁護団「本田鑑定は高度の信頼性を有する」

 弁護団はまず、本田氏の鑑定は「信頼性が担保された標準的・高性能な検査キットや検査機器を用いて、マニュアル通りの標準的な仕様に従って行われた」と強調した。また、目視で血痕が付着していない部分から採取した11の「対照試料」からはDNA型が全く検出されなかったことを挙げて、5点の衣類は他のDNAに汚染されておらず、検出されたDNA型は「血痕すなわち血液に由来すると推認するのが最も自然で合理的だ」と分析した。

 本田氏が血液のDNAだけを取り出すために採用した「細胞選択的抽出法」が再審請求審で「独自の手法で信用性がない」と批判されたことに対しては、この手法が適用されるのはもともと鑑定対象の試料に存在した細胞やDNAだけであり、「本来は検出されるはずのない誤ったDNA型が検出される事態は原理的に生じ得ない」と反論。本田氏がこの手法を考案してこの事件の鑑定に使ったのは「裁判所からの懸念や特別な鑑定事項について、できる限り誠実に応えようとしたためだ」とも言い添えた。

 さらに、本田氏が使用した機器やキットをマニュアル通りに運用すれば由来不明のDNA型は検出されないと、海外の研究者の実験で確認されていることを紹介。5点の衣類の発見から鑑定まで44年が経過して試料が劣化していたことや、稀なDNA型が検出されていることについても、「検出された型は対象となる試料に実際に存在したDNAに由来すると判断できる」と論理展開した。

 3月の証人尋問で清水恵子・旭川医科大教授(法医学)が「本田氏が(袴田事件のDNA鑑定後に)法医学会で大変ないじめに遭っているのを目の当たりにした」と証言したことに触れ、そうした批判が「本田鑑定の信用性に本質的な影響を及ぼし得るか、真に科学的な批判かが、慎重に見極められなければならない」と問題提起。「本田氏によるDNA鑑定は高度の信頼性を有すると確信している」と結んだ。

検察「検出したDNA型は5点の衣類の血液のものではない」

 一方の検察は「本田鑑定で判定されたDNA型は5点の衣類に付着していた血液のものではなく、5点の衣類の発見後に付着したDNA(外来DNA)や、それ以外の由来不明のDNAなどを評価している可能性が極めて高い」と主張した。

 その理由としてまず、5点の衣類が発見から40年以上、DNAの保存に留意することなく常温で保管されており、DNA分解酵素を含む味噌に一定期間、漬かっていたことを挙げ、「血痕のDNAは分解され、鑑定可能なDNA量が失われているか、極めて微量でしかなかった」と見立てた。また、捜査や公判の過程で多くの関係者が触れる機会があり、「外来DNAによる汚染の可能性が指摘されていた」とも述べた。

 そして、本田氏が用いた細胞選択的抽出法が、血液由来の細胞だけを凝集させたり分離させたりできるかどうかを疑問視。この手法には「科学的に説明できない多くの矛盾がある」「他の専門家による検証を経たものではない」と批判した。

 また、本田氏の鑑定結果に対し、①山田氏の鑑定結果と著しく相違している、②日本人では出現頻度が稀なDNA型が多数検出されている、③劣化した血液からのDNA検出の傾向と異なる結果になっている、④本田氏のDNAの混入がうかがわれる──と指摘した。

 そのうえで本田鑑定によって検出されたDNAが「少なくとも血液由来か外来汚染かを区別できないものである以上、袴田さんや被害者のDNA型との異同識別はできない」との受けとめを示し、本田氏の鑑定結果によって「5点の衣類が犯行着衣でも袴田さんのものでもないとする弁護団の主張には理由がない」と結論づけた。

再審の証拠調べがほぼ終わり感想を語る袴田秀子さん(中央)=2024年4月24日、静岡市葵区の静岡県弁護士会館、撮影/小石勝朗

証拠調べは実質的に終了、次回で結審へ

 弁護団は両日とも、公判終了後に静岡市内で記者会見をした。

 DNA鑑定について陳述をした伊豆田悦義弁護士は4月17日の会見で「5点の衣類が袴田さんの犯行着衣かどうか、すべての証拠をフラットに見ると本田氏のDNA鑑定の結果はピタリとはまる。無罪を裏づける、十分信頼できる証拠だ」と強調。主任弁護人の小川秀世・事務局長は「本田鑑定は静岡地裁の再審開始決定の最重要証拠だったが、東京高裁の差戻審ではテーマになっていない。今回の裁判所の判断に期待したい」と述べた。

 4月24日の公判をもって、再審の証拠調べは実質的に終了した。同日の会見で袴田さんの姉・秀子さん(91歳)は「やっと終わってほっとしている。58年分の闘いをするので大変だった。検察が何をおっしゃろうが巖は無実です」と力を込めた。

 次回・5月22日の公判で検察の論告求刑と弁護団の最終弁論を行い、結審する。秀子さんの意見陳述も予定しており、48年間の身柄拘束によって今も拘禁反応を患う弟の「気持ちを率直に申し上げたい」と語った。検察は死刑を求刑するとみられ、小川氏は「無罪判決が出ると絶対的な自信を持っている。検察が有罪の立証をできたとは思えず、死刑を求刑することは許されない」と語気を強めた。

 一方、検察は論告にあたり、殺害された被害者の遺族の意見を読み上げたいと地裁に申し出ているという。小川氏は、被害者遺族の刑事裁判への参加制度を前提としながらも「再審が実施されているのは有罪に合理的な疑いがあると認められてのことで、通常審とは事情が違う。それに、事件当時まだ生まれていなかった方が意見をおっしゃるのはどうか」として反対する意向を示した。

【袴田事件の再審決定後の動き】は以下を参照(編集部)
〈袴田事件・再審〉法医学者ら5人を証人尋問、「5点の衣類」の血痕の色合いめぐり異なる見解/第10~12回公判
〈袴田事件・再審〉静岡地裁の傍聴者への規制は「過剰で不必要」/袴田巖さんの弁護団が中止を申入れ
〈袴田事件・再審〉5点の衣類の血痕の色合いに「不自然な点はない」、検察が第9回公判で主張/5月22日に結審へ

◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう) 
 朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。

(2024年05月02日公開)


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