大藪大麻裁判が結審(第11回公判)/大藪さんが、「負の歴史と犠牲者を積み重ねないでください」と最終意見陳述


前橋地方裁判所(2024年3月29日)

 2024年3月29日(金)、前橋地方裁判所(橋本健裁判長)で、大麻取締法の大麻所持罪で起訴された大藪龍二郎さんが無罪を争っている大藪大麻裁判の第11回公判が開かれた。

 今回は、検察側の論告・求刑を受けて、弁護人と大藪さんの最終意見陳述である。

 はじめに、事件の発端になった職務質問と、それに続く現行犯逮捕の経過を少し長くなるが、まとめておく。

 2021年8月8日、大藪さんは陶芸イベントの帰り道、運転に支障をきたす程の眠気を感じたため、群馬県内の国道の路側帯に車を停めて仮眠していた。そこに、近隣住民の通報を受けてかけつけた警察官が大藪さんに対して道路交通法違反の嫌疑で職務質問をし、免許証の提示を求めた。大藪さんが免許証を提示したところ、警察官は群馬県警察本部に総合照会をかけた。その結果、「令和2年1月8日、神奈川県警大磯署 大麻取締法」「令和2年3月12日 横浜地検 起訴猶予」との回答を得た。

 このため、警察官は、①車両に多数の擦過痕があったこと、②大藪さんの頬がこけて、目がうつろであり、少し落ち着かない様子であったこと、③大麻使用者が好む「ラテン系の服装」であったこと、④犯歴照会による捜査・処分記録などから、「大麻草を隠しているのではないかと疑念を抱き、嫌疑を薬物事犯に切り替えた(①②について、大藪さんは否定している)。そして、大藪さんの所持品検査では禁制品が発見されなかったことから、警察官は車内の検査を始め、黒色ポーチを発見し、大藪さんに開けるように迫った。そこから「植物片」を発見したため、簡易鑑定を実施。その結果、大麻成分が検出されたと判断し、その場で大藪さんを大麻所持の嫌疑で現行犯逮捕した。大藪さんは23日間の勾留の末、同年8月27日に、大麻取締法24条の2第1項の所持罪で起訴された(詳しくは、長吉秀夫氏の「大藪大麻裁判 第1回公判リポート」参照)。

 午後1時30分に、検察側、弁護側双方が着席して公判は始まった。

弁護人の最終意見陳述

 弁護人の最終意見陳述は、つぎの順序で行われた。

(1)事件の端緒となった職務質問から現行犯逮捕に至る経過と、そこに違法性があるので収集された証拠を排除すべきこと
(2)「植物片」に関する鑑定の証明力
(3)犯罪の成立要件
(4)大麻取締法の憲法違反および条約違反
(5)検察官の主張(論告求刑)に対する反論
(6)結論

 石塚伸一弁護士は、(1)〜(3)までを担当した。この職務質問について、つぎのように語ることからはじまった。

 「本件は、被告人(大藪さん)が2021年8月8日、路上に駐車し、休息を取っていところ、群馬県警本部の交通担当の警察官が道路交通法違反の捜査のために職務質問に現れ、被告人がラテン系の服装をしていたことなどから不審を抱き職務質問を始めたことが事件の端緒となった」。

 そして、石塚弁護士は、警察官が「大麻取締法」の前歴という法的には何ら根拠もない捜査情報と「ラテン系の服装」を理由に嫌疑を薬物事犯に切り替えたことは、大藪さんの自由な服装や芸術家という職業に対する警察学校などでの「教え」に基づく「レイシャル・プロファイリング(racial profiling)」(法の執行者が特定の人種や肌の色、民族、宗教、国籍、言語といった属性にもとづいて個人を捜査の対象とし、不審人物とみなした場合に所持品検査や職務質問などを行うこと)による差別的法執行であると、強調した。

 この職務質問と現行犯逮捕が違法であり、そこで収集した証拠は違法収集証拠として、有罪認定の証拠から排除すべきだと断じた。さらに、大藪さんが車の中においてあった「植物片」を大麻と断定した群馬県警の鑑定についてもその疑問点を摘出し、大麻取締法の規制対象である「大麻」であることを示す証拠が存在しないので無罪を言い渡すべきであるとした。

 裁判官は、弁護側の主張を受け入れてこの違法性を認めれば、押収した「植物片」などは違法収集証拠として排除され、有罪を立証する証拠として使えなくなるので、無罪を言い渡すことになる。しかし、日本の裁判では、警察官の捜査活動を違法と判断することは滅多にない。このため、弁護人は、裁判官が職務質問や現行犯逮捕が違法でないとし、所持していた植物片が大麻であると認定した場合に備えて、犯罪(大麻取締法25条の2第1項の所持罪)の成立要件について細かく主張を組み立てた。それが上記の(3)の部分である。

 石塚弁護士は、犯罪(所持罪)の成立要件に関して、つぎのように法解釈論を展開し、無罪を言い渡すべきであると主張した。

① 所持罪の「みだりに」について。大藪さんは自らのパニック症という精神症状の緩和と芸術家としての創作活動を継続するために、やむを得ず、自己治療のために大麻を使用したもので、正当な目的のため大麻を所持していたもので、この所持は社会的許容性の範囲にある。
② 所持罪の「所持」について。自己使用のための少量所持は処罰すべき「所持」とはいえない。
③ 所持していた大麻の使用目的について。自己の体調と創作活動の支障を避けるためで緊急避難的あるいは自救行為であるので違法性はない。
④ 自己治療のための大麻使用を回避し、所持を思いとどまらせることを大藪さんに期待できない。

 つぎに、丸井英弘弁護士は、上記(4)から(6)について、最終意見陳述を行った。

 大麻取締法の制定過程とそれによって破壊された日本における大麻草の歴史と文化に遡って語った。そして、立法目的や保護法益を明確にしていない大麻取締法は、憲法31条の適正手続に違反し、同22条の職業選択の自由、同13条の幸福追求権、同25条の健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を侵害する違憲な法律である。平和で持続可能な環境循環や衣食住自給型社会を構築し、日本社会を立て直すためにも大麻草は必要であると、その効用についても触れた。また、さまざまな資料や報告書を踏まえて、米国など国際社会において大麻使用の禁止を緩和する方向への政策転換が見られることを紹介した。

 さらに、丸井弁護士は、再三再四、検察官に対して、大麻の有害性、処罰の必要性があることの根拠を示すよう求めてきたが、その立証責任を果たさないまま論告に至った、と厳しく批判した。

 最後に、「無罪を言い渡すべきである。もし、有罪としても刑の免除を言い渡されるべきである」と結論づけた。

裁判後の報告集会で報告する、石塚伸一弁護士(向かって左)、大藪龍二郎さん(中央)、丸井英弘弁護士(右端)。大藪さんは「裁判長には無罪の英断を下して欲しい。もしその判断に納得がいかなかったら、控訴するつもりである」と裁判に対する意気込みを語った(2024年3月29日、ぐんま男女共同参画センターにて)。

大藪さんの最終意見陳述

 その後、大藪さんが、裁判長に語りかけるように、最終意見陳述を行った。

 冒頭、約2年半にわたる裁判において、丁寧に対応してきた裁判長など裁判所職員と毎日の激務にもかかわらず証言に来てくれた警察関係者に感謝の意を表明した。

 そして、「全く何も始まっていないのになぜもう結審なのでしょうか?」「これが裁判と言えるのか?」と、裁判長対して疑問を投げかけた。そして、大藪さんがこの裁判で期待したことを語り始めた。

 「『大麻草の有害性は公知の事実である』とする検察の主張を『裁判という場において科学的根拠を基にした最新の証拠と証人をお互いに出し合い検証すること』。これが、私がこの裁判に臨む最大の理由です。そもそも1回目の公判で罪状認否を保留したままであり今現在も罪を認めるとも認めないとも言っていません。にもかかわらず、それを飛び越えて何も始まっていないのに何故この裁判は終わろうとしているのでしょうか。被告弁護側から申請した証拠と証人はわずか2件の証拠が採用されたのみで、残る47件の証拠と証人11名はすべて却下し、その理由は『必要性なし』『関連性なし』という一言です。これは却下の理由と言えるものではありません。このような態度は憲法に保障された正当な裁判を受ける権利を侵害しています」。

 「私はすでに22日間の勾留を受け多方面にご迷惑をおかけし、作家にとって生きるために不可欠な作品を発表する主要な場を失いました。現在も多くの百貨店やギャラリーのみなさまにご迷惑をおかけし、同時に自身も社会的・経済的に困窮しています。以上のような状況に置かれる中で私は法律を守れなかったことを大いに反省しています。しかし私には、これ以上の刑罰として6ヶ月の懲役と、さらなる社会的制裁を受けるほどの重罪を犯したという認識は全くありません。もし仮に私がカバンの中に大麻草を所持していたことで被害に遭い、怒っていたり、怪我をされた方がいるのであればどうか教えてください。もしそのような被害者がいないのであれば、懲役6月に相当するほどの被害を社会に与えたということでしょうから、個人使用目的であり自己治療目的の3グラムの植物片の所持が、社会に対してどれほど有害で危険であったかを具体的に示してください」。

 「私は陶芸家としてこれからもこの職業を生業として生きてゆくつもりです。今回の裁判で私が大麻草を所持していたことが重罪であったかどうか。具体的な説明もなしでその罪を認めるということは、かつて江戸時代にカトリック教徒が自身の信条に反し踏み絵を踏まされた屈辱に等しく、今後私は作品をつくるために不可欠な道具である縄文原体を握るたびに本件を思い出し、自身の職業に正面から向き合えなくなります。それだけは絶対に避けたいです。僕からこの職業を奪わないでください。お願いします」。

 大藪さんは最近、1979年に京都地裁で行われた芥川大麻裁判で証人として法廷に立った米医学博士のアンドリュー・ワイル博士と対談しことに触れ、博士の言葉を紹介した。

 「日本の大麻事件における司法の判断が、1979年以来全く状況が変わらないうえに、さらなる刑罰を課そうとする動きは本当に信じられない。日本はこの点において恐ろしいほど後進国だ」。

 「大麻草は非常に有用な植物であり、これを拒絶し恐れることは愚かなことです。それより大麻草を良い目的のために使用する方法を学ぶ方が遥かに賢明です。〈大麻に対する規制を撤廃すること〉は現在のほとんどの先進国での傾向であり例外はあり得ません」。

 そして、大藪さんは最後につぎのように締めくくった。

 「世界中の人びとがこの裁判の行方に注目しています。日本の未来のためにも、これ以上、負の歴史と犠牲者を積み重ねないでください。裁判長の英断を願っています」。

 橋本裁判長は、判決期日を6月4日(火)13時半からと決めて、閉廷した。

(2024年04月30日公開)


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