〈天竜林業高校事件〉元校長の贈収賄を否定する新証拠、第2次再審請求で弁護団が提出

小石勝朗 ライター


補充書提出後に記者会見し再審を開始するよう訴える北川好伸さん(左)=2024年3月11日、静岡県浜松市の県西部法律会館、撮影/小石勝朗

 生徒の調査書の成績を改ざんするよう教員に指示し、その謝礼に生徒の祖父から現金を受け取ったとして加重収賄罪などで有罪判決が確定した静岡県立天竜林業高校(当時)の元校長、北川好伸さん(76歳)が、静岡地裁浜松支部に第2次再審請求を申し立てた。確定判決で北川さんは賄賂を2回受け取ったとされたが、このうちの1回について銀行のデータをもとに「認定された日時に贈収賄は不可能だった」と主張している。北川さんの弁護団は補強証拠も得て補充書を提出。「再審開始に王手をかける決定的な証拠」と自信を見せている。

345日間の身柄拘束も一貫して犯行を否認

 北川さんは校長だった2006年に、2人の生徒を推薦入試に合格させるため教員に指示して調査書の評定点をかさ上げしたとして、虚偽有印公文書作成・同行使罪に問われた。また、うち1人の生徒の祖父である元静岡県天竜市長、中谷良作さん(91歳)=贈賄罪で罰金70万円が確定=から2006年と2007年の2回、謝礼として現金計20万円を受け取ったとして、加重収賄罪に問われた。

 北川さんは345日間も身柄を拘束されながら捜査段階から一貫して犯行を否認したが、2010年に最高裁で懲役2年6月・執行猶予4年の判決が確定した。その後、贈賄を認めていた中谷さんが「自白はすべて虚偽だった」と証言を翻したのを受けて、2014年に再審請求したものの、昨年3月に最高裁に棄却された。中谷さんも2020年に再審請求したが、昨年5月に浜松簡裁に棄却され、東京高裁へ即時抗告している。

取調べメモの開示で2回目の贈収賄に疑義

 北川さんは第2次再審請求を昨年10月に静岡地裁浜松支部に起こし、弁護団は今年3月11日に申立補充書を提出した。中心テーマに据えているのは、2007年12月10日とされる2回目の贈収賄だ。

 確定判決は、中谷さんの手帳に「9:00銀行」とのメモがあったことから、中谷さんは午前9時にスルガ銀行天竜支店に寄って年金保険の契約手続をした後、天竜林業高校へ行って校長室で北川さんに賄賂を渡した、と認定した。同校の事務長の目撃証言があり、学校を訪ねたのは午前11時ごろとされた。

 しかし、1次再審請求の最高裁の審理で、検察が地裁の証拠開示勧告に「ない」と説明していた取調べメモを「当時の精査が不十分だった」と開示。その中に、午前9時は銀行の開店時刻であり、「自宅出発9:30頃」「スルガ銀行天竜支店10:30 保健(原文ママ)契約説明」「12:26 事務処理(中谷退店)」との記載があった。この後、検察から「受付日時10時30分」との記入がある銀行の販売記録表が開示されたが、「12:26」に関する証拠は開示されないまま再審請求は棄却された(開示された取調べメモについては、こちらの記事をご参照ください)。

スルガ銀行が開示した伝票データ。振込完了時刻を示す「19-12-10 12.26」の印字がある(弁護団提供)。

判決が認定した時刻に高校へ行くのは不可能

 第2次再審請求にあたり弁護団が弁護士法の規定を使ってスルガ銀行に照会したところ、中谷さんの保険契約で作成された当日の伝票のデータが開示された。中谷さんの自筆による契約金の振込依頼書の下に「証認印字専用票」があり、「19-12-10 12.26」と印字されていた。

 弁護団はこの印字が「振込を完了した時刻を示している」と主張し、伝票データを再審開始の要件である「新規・明白な証拠」と位置づけた。中谷さんは午前10時半から12時半ごろまで銀行にいたので、11時ごろに高校へ行って北川さんに賄賂を渡すのは不可能、というわけだ。

 さらに2次請求の申立て後に、中谷さんが契約をした生命保険会社に振込用紙の書式を照会したところ、スルガ銀行が開示したデータと同じ振込依頼書の書式が開示された。振込依頼書と一体の振込金受取書に収入印紙を貼り、切り離して中谷さんに渡す仕組みになっていた。弁護団は「お金を受け取っておきながら領収書を手渡さないで客を銀行から帰すことは考えられない」との見方を示し、受取書は振込が完了した時点で渡されることから「中谷さんが銀行を退出した時刻は12時26分またはその直後である」と重ねて主張した。

 さらに、この保険の資料によると説明すべき契約の概要や注意喚起すべき情報が多く、中谷さんは同時に定期預金の解約もしていることから、銀行での手続には「相応の時間がかかる」とも指摘。これらの点から、午前10時半に銀行で受付をした中谷さんが「午前11時ごろに高校を訪問して贈収賄があったとする確定判決の認定は根底から覆る」と断じている。

「2人の無罪が証明された」

 北川さんと弁護団は3月11日、補充書の提出後に静岡県浜松市で記者会見をした。中谷さんの弁護人も同様の補充書を東京高裁へ提出し、共同で会見した。

 オンラインで参加した北川さんの弁護団の海渡雄一団長は「事件全体の証拠構造は中谷さんの自白に根拠を置いている。今回の証拠は『自白は嘘だった』との中谷さんの証言が正しいことを示しており、北川さんの無罪が証明された」と説明した。

 中谷さんの弁護人の杉尾健太郎弁護士も「中谷さんのアリバイの成立を示す決定的な証拠が出た。2回目の贈収賄は物理的に不可能だ。この事件の直接証拠は中谷さんの自白しかなく、1回目の贈収賄についての自白の信用性も崩れる。中谷さんは無罪だ」と強調した。

 北川さんは「検察が証拠を隠蔽し中谷さんの行動を捏造していたことが明確になった。裁判所は予断を持つことなく、真実を追求する心を蘇らせて、私と中谷さんを裁いてほしい」と話し、「私は成績の改ざんを指示していないし、お金ももらっていない」と力を込めた。

 ちなみに、同校の当時の事務長も判決確定後、北川さんに対し、12月10日午前11時ごろに同校で中谷さんと会ったことは「警察の聴取を受けるまで全く記憶になかった」と話しており、弁護団は「事務長の供述自体が捜査機関の誘導によって作成された」と見立てている。また、2人の生徒の調査書が改ざんされたのは事実だが、弁護団は「改ざんを実行した教員が刑事訴追などの重い処分を免れるため、嘘の証言をして北川さんを巻き込んだ」と主張している。

銀行員の供述調書の開示を強く要求

 弁護団は検察に対し、12月10日に中谷さんに応対したスルガ銀行員の供述調書を証拠開示するよう強く求めている。検察が「中谷さんは途中で銀行を抜けて高校へ行った」と反論することも想定されるが、そうなれば「その裏づけ材料として銀行員の調書の開示が必須になる」とみている。

 中谷さんは捜査段階で贈賄を認めたり否認したりを何度も繰り返していたことが明らかになっており、弁護団は今後、心理学者が中谷さんらの供述を分析した鑑定意見書の提出を予定している。裁判所はそれを受けて検察に意見書を求める見通しという。

【天竜林業高校事件の動き】は以下を参照(編集部)
〈天竜林業高校事件〉元校長の再審請求を最高裁が棄却/検察の異例の証拠開示を受けた差戻し要求に応えず
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◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう) 
 朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。

(2024年03月21日公開)


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