1966年に静岡県清水市(現・静岡市清水区)の一家4人が殺害された「袴田事件」で強盗殺人罪などに問われ、死刑が確定した元プロボクサー袴田巖さん(88歳)の再審(やり直し裁判)公判で、静岡地裁(國井恒志裁判長)による傍聴者への規制が「過剰で不必要」だとして、袴田さんの弁護団が速やかに中止するよう地裁へ申し入れた。裁判の傍聴は憲法21条(知る権利)で国民の権利として保障されていると立論。法廷への所持品の持込み制限や警備員の配置などを問題視している。
筆記用具を除く手荷物を強制的に預けさせる
弁護団の申入れは2月26日付。申入書はまず、地裁が傍聴人に対して入廷前に、筆記用具を除くすべての手荷物を強制的に預けさせていることを批判した。ハンカチやティッシュペーパーを入れるバッグまで対象にしていると主張している。
第2回公判の際に、携帯電話がポケットに入っているのを失念してボディーチェックを受けた人の傍聴券を地裁が無条件に剥奪した事例に触れ、改めて携帯電話を預けてもらって傍聴させれば済む話なのに「あまりにも行き過ぎた対応で人権侵害に該当する」と非難した。
また、地裁が公判の間ずっと法廷内に複数の警備員を配置し、傍聴席に向かって着席させて傍聴人を監視していると指摘した。
さらに、傍聴希望者に向けた掲示に「傍聴券に当選されなかった方は、周辺施設及びほかの来庁者の安全のため、速やかにご帰宅ください」との文言があったことを取り上げ、傍聴希望者を「差別した不適切な通告」だと批判した(なお、この文言は1月17日の第7回公判の時点で確認されたが、袴田さんの支援団体が抗議した結果、2月14日の第8回公判では削除されている)。
「傍聴希望者を危険人物とみなすのか」
申入書は「裁判が公開され一般市民が傍聴することは、司法に対する国民の信頼を維持するうえで最も重要な制度的保障にほかならない」と強調。最高裁が定める裁判所傍聴規則をもとに、傍聴のルールとして認められるのは危険物や裁判の妨げになり得るような物品の携帯禁止など「公平公正な裁判を実現するために必要かつ十分な制限」に限られるとの認識を示した。
静岡地裁は傍聴人が再審公判の法廷へ入るたびに金属探知機を使った厳重な検査をしており、弁護団は一切の所持品の持込みを禁止する「必要性は皆無だ」と主張。「公正な裁判の実現を阻害する現実的な危険が認められない限り、傍聴する権利に含まれる日常的な物品の所持が禁止されるいわれはない」と地裁の対応を糾弾した。
掲示の文言については、傍聴希望者の多くが袴田さんの死刑判決に疑問を抱いている人であり、それは国家権力たる検察や裁判所に盾突くことを意味するから「危険人物とみなすということなのか」と問いただした。そうした発想は「裁判官に対する一般市民の信頼を大きく裏切る」と断じたうえで、掲示の文言を撤回するだけでなく、率直に誤りを認めて傍聴希望者に謝罪するよう求めた。
國井裁判長は2月28日の弁護団、検察との3者協議で、申入れに対し「可能な限り3月25日の次回公判の頃までに回答したい」と述べたという。
補佐人の姉・秀子さんにもバッグの持込みを認めず
弁護団の小川秀世・事務局長(主任弁護人)は申入書の提出後に静岡市内で記者会見し、「地裁の対応は厳格すぎて異常ではないか。とくに所持品については裁判所傍聴規則を超えた規制が行われている」と申入れの理由を説明した。
出頭義務を免除された袴田さんに代わって毎回出廷している補佐人の姉・秀子さん(91歳)も、2月14日の第8回公判から、それまで問題にならなかった小さなバッグの持込みがはっきりした理由も告げられないまま認められなくなったという。バッグにはハンカチやティッシュ、メモ帳などを入れていた。小川氏は「國井裁判長の法廷警察権の行使は著しく不当ではないか」と力を込めた。
一方、支援8団体でつくる「袴田巖さんの再審無罪を求める実行委員会」も3月13日、「再審公判の過剰警備に抗議し、中止等を求める要請書」を静岡地裁に提出した。「傍聴者に対する執拗な所持品検査や身体検査」をはじめとする一連の地裁の措置は、憲法が保障する裁判公開の原則に反するとして、ただちに是正するよう強く求めている。再審公判に関する実行委の要請は5回目だが、地裁の職員は毎回意見を聞くだけで回答をしないという。
実行委は同時に、一般傍聴席の拡大を要求している。第2回公判以降、傍聴希望者は毎回100人前後に上るのに対し、傍聴席(48席)はマスコミへの割当てが優先され一般向けは26~27席しかないためだ。実行委は、抽選にはずれた希望者のために別室で法廷の映像や音声を「モニター傍聴」させるよう改めて要請。傍聴者が公判の途中で退席する場合、別の傍聴希望者に交代することができるよう仕組みを改めることも求めた。
支援者への対応に異様な雰囲気を実感
いろいろな裁判の取材をそれなりにしてきた私から見ても、今回の再審公判にあたって支援者らに対する静岡地裁のスタンスには、敵愾心のような異様な雰囲気を感じる。開廷前に弁護団と秀子さんが地裁に入る場面でも、マスコミには地裁の敷地内での撮影を認めているのに対し、敷地外の狭い歩道で撮影している支援者らがバランスを崩して半歩でも境界線を越えようものなら、監視の職員から厳しく諫められて排除されている。
一連の地裁の対応に、支援者の間では「犯罪者扱いされている」「予断と偏見を持たれている」と不満が渦巻くが、それでも「袴田さんが無罪になる裁判を無用に混乱させてはいけない」との思いで我慢しているのが現状だ。ちょっと考えれば分かることだが、そもそも支援者は一刻も早い無罪判決を望んでおり、審理を妨害する動機はないのだ。「裁判長は何に怯えているか」と首をひねる支援者もいる。
私は再審公判の最初の頃、傍聴券が当たって入廷前のチェックを受ける際に「なんでこんなに厳しくするのですか」と職員に尋ねている。「裁判長の指示ですので」と小声で申し訳なさそうな答えが返ってきた。國井裁判長の責任は重い。
【袴田事件の再審決定後の動き】は以下を参照(編集部)
・〈袴田事件・再審〉5点の衣類の血痕の色合いに「不自然な点はない」、検察が第9回公判で主張/5月22日に結審へ
・〈袴田事件・再審〉「ズボンの端切れも警察の捏造」、5点の衣類めぐり弁護団が主張/第6、7回公判
・〈袴田事件・再審〉犯行の動機や袴田さんのけが、パジャマをめぐり検察と弁護団が論戦/第5回公判
◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう)
朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。
(2024年03月14日公開)