袴田事件(1966年)の再審公判へ向けて、死刑が確定した元プロボクサー袴田巖さん(87歳)の弁護団と裁判所、検察による第4回事前協議が7月19日、静岡地裁(國井恒志裁判長)で開かれた。検察は再審公判へ提出予定の「新証拠」として、死刑判決が袴田さんの犯行着衣と認定した「5点の衣類」に付着した血痕の色合いに関する、7人の法医学者による共同鑑定書など16点を挙げた。これに対し弁護団は、「血痕の色」の議論は再審開始決定を出した第2次再審請求審で尽くされているとして、新証拠の却下を求める意向を表明した。裁判所が検察の新証拠をどう扱うかが当面の焦点になる。
提出予定の証拠は検察245点、弁護団269点
事前協議は非公開。終了後に弁護団が静岡市内で記者会見して概要を説明した。協議では地裁が「再審公判手続のイメージ案」のペーパーを提示し、それを基に証拠調べをどう行うかなどを議論したという。
証拠について検察は意見書を提出し、245点の取調べを請求する考えを示した。再審請求審で提出された証拠が中心だが、16点の新証拠が含まれる。
16点は、①再審開始決定後の補充捜査で得られた7人の法医学者による共同鑑定書、醸造や写真の専門家から聴取した捜査報告書・調書と、②確定審の段階(1966、1967年)で作成されたものの取り調べられていなかった鑑定書や捜査報告書。
法医学者の共同鑑定書は、長期間味噌に漬かった血痕の色合いについて、血液の凝固・乾燥の程度や味噌の中の酸素濃度によって赤みが消える「速さ」が違ってくると強調し、「1年以上味噌に漬かった5点の衣類の血痕に赤みが残っても不自然ではない」と結論づける内容という。再審請求審で弁護団の委託を受け「1年以上味噌に漬かった血液に赤みが残ることはない」とする鑑定書をまとめた旭川医科大の清水恵子教授(法医学)らに反論している。
弁護団は検察の新証拠に対し、「新たな実験をしているわけでもなく再審請求審の審理の蒸し返しだ」(間光洋弁護士)と反発しており、却下を求める意見書を8月末までに地裁へ提出する意向を表明した。ただ、裁判所が検察の新証拠を採用し、証人尋問を実施する可能性も否定できないことから、その場合にどう対応するかも検討する。検察は「今後の補充捜査によって新証拠を追加することがあり得る」とも説明したという。
一方、弁護団が取調べ請求を予定する証拠は、再審請求審に提出した269点。「検察は基本的には同意する方向」(小川秀世・事務局長)とみているが、事件発生から一審判決までの新聞記事については強い難色を示したそうだ。
袴田さんの公判への出頭で検察が注文
検察は袴田さんの再審公判への出頭をめぐり、5月に弁護団が提出した精神科医の診断書だけでは「心神喪失状態と判断するには不十分」との考えを示した。中立的な医師の診断書なども踏まえて決めるよう地裁に求めた。弁護団は「検察は突然持ち出してきた。出頭は到底無理だ」(角替清美弁護士)と反発しているが、地裁が受け入れればこの問題が長期化するおそれがある。
弁護団が出した診断書は、袴田さんが長期の身柄拘束により精神障害の一種の「拘禁反応」を患っているとし、「強引に出頭させて手続きを進めた場合は身体的・精神的不調をきたすおそれがある」と記載している。弁護団はこれを基に再審公判への出頭義務を免除するよう地裁へ要請。國井裁判長は5月29日の事前協議で、袴田さんを再審公判へ「強制的に連れてくることは現段階では考えていない」としながらも、最終的な判断は公判の日程が決まった時点でする方針を示している。
事前協議の再審公判への切替えは認めず
弁護団は前日の7月18日に、事前協議として指定された9月以降の期日を再審公判に切り替えるよう求める申立書を地裁へ提出した。非公開の事前協議は「迅速・柔軟でざっくばらんな議論」が目的だと指摘したうえで、検察のこれまでの姿勢を「形式的で官僚的な答弁を行うのみ」と批判し、「もはや非公開における打合せ協議を行うメリットは存在せず、むしろ密室性が公正で迅速な裁判の妨げになっている」と主張している。
しかし、國井裁判長は切替えを認めず、「審理計画が具体化してから適切な時期にきちんと時間を確保して公判を開きたい」と答えたという。公開で行う再審公判には多数の傍聴希望者が詰めかけると予想され、警備の態勢を整えたり他の裁判の公判・口頭弁論の日程を調整したりするのに時間がかかることを理由に挙げた。
裁判長「新証拠の採否は公判開始前に」
國井裁判長は、これまでに弁護団と検察が提出した書面を読んだ感想として「双方の主張を整理して争点をかみ合わせる必要がある」との受けとめを示したそうだ。審理を円滑に進めるために、双方が請求予定の証拠の採否について「公判が始まる前の段階で見通しを伝えたい」と述べるとともに、今後「証拠の厳選」を求める可能性に言及した。
次回の事前協議は9月12日。弁護団と検察は8月末までに、主張をさらに掘り下げた書面や、相手方が取調べ請求を予定している証拠に対する意見を地裁へ提出する。
弁護団は「次回の事前協議で審理計画がある程度、立つ状況になるのではないか」(間弁護士)と見立てており、小川事務局長は「再審公判は早ければ10月にも開くことができる」と期待を込めた。
【袴田事件の再審決定後の動き】は以下を参照(編集部)
・〈袴田事件・再審〉検察が「有罪」を立証の方針/弁護団は「蒸し返し」と強く反発、判決まで長期化のおそれ
・〈袴田事件・再審〉再審公判は11月以降か、裁判所が事前協議の日程を追加/検察は依然、立証方針を明かさず
・〈袴田事件・再審〉冒頭陳述の要旨と証拠調べ請求を7月までに/裁判所が要請も検察は受け入れを留保/第2回事前協議
◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう)
朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。
(2023年08月08日公開)