大崎事件第4次再審で、弁護団は、再審開始を認めなかった福岡高裁宮崎支部(矢数昌雄裁判長)の決定を不服として、特別抗告期限の6月12日、最高裁判所に特別抗告した。
その理由は「高裁の決定は、新証拠の明白性の判断方法について、明らかに判例違反(刑訴法433条)があり、新旧全証拠の総合評価によっても確定判決の事実認定には合理的な疑いが生じないとした点において、重大な事実誤認(刑訴法411条)がある」とするものである。
6月17日、弁護団は鹿児島県弁護士会館で記者会見し、特別抗告の理由について詳しい内容を明らかにするとともに、特別抗告に対して引き続き注目いただきたい旨求めた。
この事件は1979(昭和54)年10月15日、鹿児島県曽於郡大崎町で牛小屋の堆肥の中から男性(42歳)が死体で発見されたもの。志布志署は、殺人・死体遺棄事件と断定して捜査を開始した。男性の義理の姉にあたる原口アヤ子(再審請求人)さんは殺人などの罪で有罪が確定し服役したが、一貫して無実を訴えている。
事件の内容を詳しく見ておこう。
堆肥の中から発見される3日前の10月12日午後5時30分ごろ、男性は酒に酔って、道路脇の側溝に自転車ごと転落した。誰かによって引き上げられ、2時間以上ズブ濡れ、下半身裸、前後不覚の状態で道路上に横たわっていたが、二人の救助者(近所の住人)によって、軽トラックに乗せられ男性宅に運ばれた。その時間は午後9時ごろであった。ここで問題になるのが、この二人の救助者が男性を玄関の土間に放置して退出したとき、この男性は生きていたのかである。確定審は、午後10時30分ごろ、男性宅にアヤ子さんが立ち寄ったとき、土間に座り込んでいる男性を見て、アヤ子さんは殺意を抱き、近親者に協力をもとめて絞殺し、牛小屋の堆肥の中に埋めたと認定しているからである。
第4次再審請求で弁護団は、男性は男性宅に到着するまでに、自転車の転落事故の影響で亡くなったとする、男性の死因と死亡時期に関する鑑定書など新証拠を提出。しかし、6月5日、福岡高裁宮崎支部は、新証拠について「確定判決の事実認定に合理的疑いを生じさせるものとはいえない」などとして、鹿児島地裁(中田幹人裁判長)の決定(2022年6月22日)を支持し、再審を認めない決定を出した。
記者会見の冒頭で、主任弁護人の森雅美弁護士は、男性(被害者)が二人の救助者によって家に運びこまれたとき、すでに死亡していた可能性が高いとする新鑑定によって確定審の鑑定の証明力が否定されたのに、もともとその鑑定は重要な意味を持たない鑑定であるとして、男性は生きていたとする二人の救助者の自白は信用できるとし、新旧全証拠を正しく評価し直すことをしなかった高裁決定のおかしさを指摘した。そして、6月16日に日弁連総会で採択された「えん罪被害者の迅速な救済を可能とするため、再審法の速やか改正を求める決議」を紹介し、大崎事件の特別抗告とともに再審法改正への関心をお願いした。
このあと、鴨志田祐美弁護士が、6月17日にアヤ子さんに病院で面会したときの様子を報告した。15日は96歳の誕生日で、花束、バースデイケーキ、支援者から激励のメッセージがたくさん贈られていた。その中には、袴田事件の袴田巖さんの姉・秀子さんからビデオメッセージもあった。
鴨志田弁護士は、「今度の誕生日に、(再審)開始決定をバースデイプレゼントとして贈りたかったが、かなわなかった。東住吉事件の青木恵子さんからいただいた音声付きバースデイカードを見て音声を聴いたとき、アヤ子さんは声を出して笑っていたし、表情もしっかりして元気だった。必ず最高裁で再審開始をもらえるので、それまで絶対元気にしていただたきたいと励ました」と語った。
つぎに、佐藤博史弁護士から、1時間にわたって、大崎事件再審のこれまでの経過と今回の宮崎支部の判断の構造および特別抗告の理由について詳しい報告があった。
佐藤弁護士の報告から、大崎事件の冤罪の構造が明らかになったといえる。
大崎事件は、新証拠(鑑定)であきらかになったように「死体遺棄」事件であった。それにもかかわらず、警察は当初より「殺人」事件と断定したことが冤罪の出発点で、そこに悲劇がおこった。警察は、男性やアヤ子さんらの家の立地状況や周辺の環境から考えて、被害男性と隣り合わせに住むアヤ子さんら近親者の中に共犯者がいると見て、彼らに「自白」を迫った。再審請求段階で、この自白が「虚偽」である可能性が高いことは、心理学者などの供述鑑定によって明らかになっている。しかも、彼らは知的障がい者であった。ここには、供述弱者の自白という問題も横たわっている。
第3次再審請求審段階での2つの再審開始決定に対する、2019年6月の最高裁(小池裕裁判長)の再審棄却の判断は、被害男性が「生きていた」ことに固執し、二人の救助者が犯人でないとすれば、アヤ子さんしかいないとしている。第4次再審で棄却判断した鹿児島地裁も、福岡高裁宮崎支部もこの最高裁の枠組みに追従するものであるといってよい。
上記の死んでいた可能性が高いとする新証拠について、白鳥・財田川決定による新証拠の明白性の判断方法にしたがって新旧全証拠を評価し直すことをしなかった福岡高裁宮崎支部の棄却決定を、明らかな判例違反と最高裁が判断するかが、今度の特別抗告で問われていることは間違いない。
弁護団は、「最高裁の誤りは、最高裁自身によってしか正すことはできない」と結んだ。
(2023年06月19日公開)