〈袴田事件・再審〉9年前に再審開始を決定した村山・元裁判長が述懐/「常識論として捏造しかないと思った」

小石勝朗 ライター


袴田事件の審理を振り返る村山浩昭・静岡地裁元裁判長(右)。水野智幸弁護士(左)と対談した=2023年5月19日、東京・永田町の参議院議員会館、撮影/小石勝朗

 袴田事件(1966年)第2次再審請求審で、死刑が確定していた元プロボクサー袴田巖さん(87歳)に対し、2014年に再審開始と釈放を認める決定をした静岡地裁元裁判長の村山浩昭弁護士(66歳)が5月19日、東京都内で開かれた集会で審理を振り返った。村山さんは死刑判決の根拠となった「5点の衣類」が「常識論として捏造しかないと思った」と述懐。また、再審請求の審理に時間がかかりすぎるとして、今後、再審法制の整備に尽力する意向を示した。

袴田さんの釈放も認める

 村山さんは2012年8月に静岡地裁に着任し、裁判長として袴田事件の再審請求審を担当した。焦点は、事件発生の1年2カ月後に味噌タンクで見つかり、死刑判決が袴田さんの犯行着衣と認定した「5点の衣類」だった。

 2014年3月の地裁決定は5点の衣類に付着した血痕をめぐり、袴田さんや被害者4人のものとは異なるとしたDNA鑑定と、赤みが残っていたのは発見直前に味噌に漬けられたためだとする弁護団の実験結果を「無罪を言い渡すべき新規・明白な証拠」と受け入れた。

 さらに5点の衣類が捜査機関によって「捏造された疑い」に言及し、再審開始の結論を導いた。決定には死刑だけでなく拘置の執行停止(釈放)も盛り込み、袴田さんは逮捕から47年7カ月ぶりに身柄の拘束を解かれて東京拘置所を出た。

集会には袴田巖さん(左)と姉の秀子さんも参加した=2023年5月19日、東京・永田町の参議院議員会館、撮影/小石勝朗

 村山さんは19日、市民団体「再審法改正をめざす市民の会」が東京・永田町の参議院議員会館で開いた集会に参加した。やはり元裁判官で袴田事件弁護団メンバーの水野智幸弁護士の質問に答える形で、審理を回顧した。集会には袴田さんと姉の秀子さん(90歳)も姿を見せており、村山さんは開会前に別室で袴田さん姉弟と面会した。

裁判官がみんな迷っている

 村山さんは確定審で静岡地裁が出した死刑判決(1968年)を「異様」と表現した。判決文の最初に「自白調書の排除」が書かれており、無罪判決のスタイルだからだ。控訴審の東京高裁では、5点の衣類のズボンを袴田さんがはけるかどうか何度も法廷で実験しており、「裁判官がみんな迷っている」との印象を持ったそうだ。

 「アテにならない証拠はたくさんあった」と村山さん。再審請求審のポイントは、やはり5点の衣類で、「これが崩れればほかには(有罪を)支える証拠はない」と捉えて全力で検討したという。

 当初は「まさか警察がこんなに大がかりなこと(捏造)をやるのか」と疑問視していた。しかし、審理を進めるにつれ「1年2カ月後に味噌樽から血染めの衣類が見つかるのは偶然ではあり得ない。(隠したのは)真犯人か捜査機関だが、真犯人がそんなに危険なところに近づくとは思えない」との判断に至り、「常識論として捏造しかないと思った」と強調した。

あとで批判を受けようとも釈放するしかない

 静岡地裁の決定までは、死刑事件で再審開始決定が出ても停止されるのは刑の執行だけで、拘置の執行停止(釈放)にまで踏み込んだのは異例だった。決定は「拘置をこれ以上継続することは、耐え難いほど正義に反する状況にあると言わざるを得ない」と断じた。

 村山さんは決定を出す前に東京拘置所を訪ね、袴田さんと面会しようとしたが房から出てこなかった経緯に触れたうえで「袴田さんの健康状態が危ぶまれており、特に精神的に限界にきていた」ことを理由に挙げた。さらに、有罪の根拠だった5点の衣類が捏造だった疑いが濃厚になった以上は「あとで批判を受けようとも釈放するしかないという結論になった」と説明した。

 検察は地裁決定を不服として即時抗告。これを受けて東京高裁が2018年に再審開始を取り消す逆転の決定をしたことに対しては「驚いた。袴田さんと秀子さんに申し訳ないと思った」と感想を語り、「(自分たちが)つけ入るスキのない決定が書けなかったか」と悔いたそうだ。

 今年3月に改めて再審開始を認めた東京高裁・差戻し審の決定には、裁判官が検察による味噌漬け実験の現場を視察したことを評価したうえで「弁護団と検察の双方の見解を挙げて、論理的にどちらが正しいか判断した。姿勢、中味ともに素晴しい決定をした」と称賛した。再審公判へ向け「袴田さんの年齢を考えると、できるだけ速やかに審理をして判決を」と希望を述べた。

再審法制の整備が必要と確信

 村山さんが袴田事件の再審請求審を経験して問題だと感じたのは、審理に時間がかかりすぎることだ。第1次再審請求では申し立ててから最高裁が請求棄却決定を出すまでに27年を要しており、この事件にかかわったことで「再審の規定がないからこういうことになっている」と考えるようになった。1年半前に裁判官を定年退官した時には、再審法制の整備が必要だと確信していたそうだ。

 「法律家は(再審法制)改正の研究や努力を怠ってきた。いつまでも冤罪を救済されないままの人が、なるべく早く救済される道を整えたい。いま変えなくてはいけない」

 裁判官の中でも「袴田事件のような事案を担当した人でないと分からない部分はある」としながらも、「変えてもいいと思っている人はそれなりにいる」との感触を示した。そして「元裁判官として、これから再審請求事件を担当する裁判官のためにも、きちんと取り組めるルールを定めたい」と力を込めた。

【袴田事件の再審決定後の動き】は以下を参照(編集部)
〈袴田事件・再審〉検察は「有罪の立証をしない」と表明を/袴田さんの弁護団が申し入れ
〈袴田事件・再審〉検察が方針決定に3カ月を要求、裁判所も容認/第1回事前協議

◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう) 
 朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。

(2023年05月23日公開)


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