袴田事件(1966年)で死刑が確定した元プロボクサー袴田巖さん(87歳)の再審(裁判のやり直し)へ向け、検察が対応方針を決めるのに3カ月が必要と主張したことに対し、袴田さんの弁護団は4月20日、東京高検を訪ね、再審公判の速やかな進行に協力するよう申し入れた。そのためにも検察は有罪の立証をしない方針をただちに表明すべきだと、改めて求めた。日本弁護士連合会(日弁連)も4月19日に「速やかな再審公判開始」を訴える会長声明を出しており、検察の姿勢に批判が強まっている。
4月10日に静岡地裁で開かれた袴田さんの弁護団、検察と裁判所による第1回事前協議で、静岡地検は「(再審公判での)主張・立証の方針と請求する証拠の範囲を3カ月後に明らかにする」と述べ、7月10日までの猶予を求めた。弁護団は「長すぎる」と反発したものの、地裁は容認した。弁護団が「有罪立証をするのか」と尋ねたのに対し、地検は「今はお答えできない」とコメントした(第1回事前協議の様子はこちらの記事をご覧ください)。
3カ月の要求は「何の理由もない暴挙」
弁護団は申入書で、検察が3カ月を要求したことを「何の理由もなく、しかも袴田巖さんが置かれている状況をまったく考慮しない暴挙」と非難した。再審請求審は1次、2次を合わせて40年以上にわたっており、申入書は「検察はさまざまな論点について主張・立証を尽くした」としたうえで、東京高裁の再審開始決定に対し特別抗告しなかったのも「すべての記録を十分に検討した結果だったはず」と指摘。そうであれば「すでに再審公判で有罪立証をするか否かの方針は決まっていなければならない」との見解を示し、その方針は「有罪立証をしないこと」と断じた。
さらに「袴田さんが今でも命を奪われる恐怖感に苛まれており、平穏な普通の生活を取り戻せない状態であることを深刻に受けとめていただきたい」と要請。袴田さんと姉・秀子さん(90歳)が高齢であることにも触れて「1日も無駄にすることはできない」と強調した。
再審公判を担当するのは静岡地検だが、「上級庁が指示しているのは公知のこと」として東京高検に申し入れたという。
検察は「審理を引き延ばすつもりはない」
申入れには弁護団の4人が参加し、非公開で行われた。終了後に記者会見した弁護団によると、高検は先の再審請求審を担当した検事が応対し、やり取りは1時間近くに及んだ。
弁護団は「3カ月も必要というのは間違っている」「有罪立証の検討はあってはならない」と強く主張し、審理手続のスピードアップを求めた。検事は具体的な返答はしなかったものの、「審理を引き延ばすつもりはない」「袴田さんが亡くなるまで待とうなどという話は出たことがない」旨の発言をしたという。
静岡地裁が再審公判の審理方針として、確定審の証拠を一括して引き継がずに弁護団と検察の双方に「厳選」するよう求めたことに対しては、検事も弁護団と同様に違和感を表明。弁護団が再審無罪になった足利事件を例に、高検で再審請求審に携わった検事が再審公判を担当してはどうかと水を向けたところ「そういう発想はなかった」との反応を見せたそうだ。確定審の記録を4月10日の事前協議までに静岡地検へ送らなかったことについては、問題だとは認識していない様子だったという。
日本国民救援会、袴田巖さんを救援する清水・静岡市民の会、袴田さん支援クラブの3団体も4月20日、東京高検に対し、1日も早い再審公判の実現に「積極的に協力」をするよう要請した。有罪立証の放棄とともに、未開示の証拠をすべて明らかにすることも求めている。3団体は4月18日には静岡地検にも同様の要請をした。
日弁連も会長声明で「一刻も早い無罪判決を」
日弁連は4月19日に小林元治会長名で声明を出し、「速やかに再審公判が開始され、一刻も早く無罪判決により袴田巖氏の雪冤が果たされることを強く求める」と訴えた。
声明は、長期に及んだ再審請求審で「5点の衣類」が袴田さんの犯行着衣かどうかをめぐり弁護団と検察の双方が十分に主張・立証をしており、「その結果、確定(死刑)判決に合理的な疑いが生じたとの(裁判所の)判断がなされている」と指摘。「実質的な審理は再審請求手続の段階ですでに尽くされているというべきで、もはや新たな有罪立証を行うことは許されない」と検察にクギを刺した。
そのうえで、検察が再審公判への対応方針を決めるのに3カ月を要求したことを「手続の長期化が懸念される」と問題視。袴田さんの年齢や心身の状況も踏まえ、再審請求審での議論を蒸し返すことなく「その成果を尊重し、迅速な審理により無罪判決がなされるべきである」と強調した。
小林会長はこの日の記者会見で「(袴田さんに)これ以上過酷な時間を強いることはやめてほしい。やめなければいけない」と述べた。
◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう)
朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。
(2023年04月25日公開)