東電株主代表訴訟、旧経営陣に13兆3,210億円の賠償命令/判決のポイントを分かりやすく読み解く

小石勝朗 ライター


判決言渡し後、東京地裁前で報道陣の取材に応じる原告と弁護団=2022年7月13日、撮影/小石勝朗。

 福島第1原子力発電所で2011年3月に起きた未曾有の事故をめぐる株主代表訴訟で、東京地裁(朝倉佳秀裁判長)は7月13日、事故当時の東京電力の幹部5人が善管注意義務に違反したと判断し、このうち4人に対し個人の財産で13兆3,210億円を同社に賠償するよう命じる判決を言い渡した。福島第1原発事故で東電幹部の経営責任を認めた判決は初めて。13兆円余の賠償額は国内では過去最高という。今回の判決は民事裁判のものだが、原告(株主側)弁護団は進行中の刑事裁判に影響を与える可能性があるとみている。提訴以来この訴訟の取材を続けてきた筆者が、経緯を振り返りながら、判決のポイントを分かりやすく読み解く。

提訴から判決まで10年、さらに控訴審へ

 提訴は2012年3月。事故が起きたのは東電の旧経営陣が津波対策を怠ったためだとして、脱原発を訴える株主(判決時点で48人)が事故当時の取締役ら27人に対し、東電が被った5兆5,045億円の損害を賠償するよう求めた。その後、被告を勝俣恒久会長▽清水正孝社長▽武藤栄副社長▽武黒一郎・元副社長▽小森明生常務(肩書は事故当時)の5人に絞る一方、請求額は22兆円に拡大した(株主代表訴訟の内容や狙い、背景を紹介している『東電株主代表訴訟 原発事故の経営責任を問う』がある)。

 判決は、5人全員が原発を運転する会社の取締役としての善管注意義務に違反し、任務を怠ったと認めた。そのうえで、取締役就任から事故までの期間が短かった小森氏を除く4人に対し、連帯して13兆3,210億円を東電に支払うよう命じた。被告5人のうち小森氏を除く4人は判決を不服として7月27日に東京高裁へ控訴、原告も同日控訴した。

 勝俣氏、武藤氏、武黒氏の3人はこの事故をめぐり業務上過失致死傷罪で強制起訴されている。1審・東京地裁は無罪を言い渡し、2審・東京高裁が来年1月18日に判決予定だ。

「過酷事故を万が一にも防止すべき社会的・公益的義務」

 株主代表訴訟での東京地裁のスタンスは、判決理由の冒頭に端的に表れている。原告や弁護団が称賛するくだりである。

 「原子力発電所において、ひとたび炉心損傷ないし炉心溶融に至り、周辺環境に大量の放射性物質を拡散させる過酷事故が発生すると、原発の従業員、周辺住民らの生命・身体に重大な危害を及ぼし、放射性物質により周辺環境を汚染することはもとより、国土の広範な地域と国民全体に対しても、その生命、身体及び財産上の甚大な被害を及ぼし、地域の社会的・経済的コミュニティの崩壊や喪失を生じさせ、ひいては我が国そのものの崩壊にもつながりかねない」

 判決はその前提に立って「原発を設置・運転する原子力事業者には、最新の科学的、専門技術的知見に基づいて、過酷事故を万が一にも防止すべき社会的・公益的義務がある」と強調した。また、「原子力事業を営む会社の取締役は、想定される津波による過酷事故を防止するために必要な措置を講ずるよう指示などをすべき、会社に対する善管注意義務を負う」と断じた。

長期評価の「科学的信頼性」を認める

 大きな争点になったのは、巨大津波が原発を襲うことを被告の元幹部が予測できたか(予見可能性)だった。中でも、政府の地震調査研究推進本部(推本)が2002年に公表した「福島県沖を含む日本海溝でマグニチュード8.2級の津波地震が30年以内に20%程度の確率で起きる」との地震予測(長期評価)の信頼性が問われた。

 武藤氏と武黒氏は尋問で「長期評価には信頼性がなかった」と主張し、朝倉裁判長が「推本がバカみたいじゃないですか」と問いただす場面もあった。判決は長期評価を「一定のオーソライズがされた相応の科学的信頼性を有する知見であった」と捉え、原発を設置・運転する会社の取締役がそれに基づく「津波対策を講ずることを義務づけられるものだった」と位置づけた。

「津波への安全対策を何ら行わず先送りをした」

 東電は長期評価をもとに福島第1原発を15.7mの津波が襲う可能性があるとの試算を得ており、試算結果は2008年6月に原子力・立地本部副本部長だった武藤氏に報告された。しかし、武藤氏は翌月、電力業界と関係が深い土木学会に再評価を依頼することを決めた。

 原子力・立地本部長だった武黒氏は、同年8月ごろに武藤氏が決めた対応を認識していた。勝俣氏と清水氏は「14m程度の津波の可能性」への言及と議論があった2009年2月の社内会議に出席していた。小森氏も常務(原子力・立地本部副本部長)に就任した直後の2010年7月には、15.7mの試算結果を知っていた。

 武藤氏と武黒氏は尋問で、土木学会への再評価の依頼を「合理的だった」と正当化した。勝俣氏と清水氏は推本の長期評価を「知らなかった」と釈明し、責任逃れに終始していた。

 判決は、武藤氏が土木学会への依頼を決めたことは「経営判断として著しく不合理とまでは言えない」と許容した。一方で、土木学会の見解が出るまでの間、「津波への安全対策を何ら行わず先送りをした」と認定。「著しく不合理で許されるものではない」と非難したうえで、その不作為を「任務懈怠」と判断した。

 他の4人についても「過酷事故が発生する可能性を認識し得た」にもかかわらず「最低限の津波対策を速やかに実施するよう指示をすべき取締役としての善管注意義務」を果たしておらず、「任務懈怠があった」と断じた。経営トップの勝俣、清水両氏については、さらに「速やかな津波対策を講じない判断に著しく不合理な点がないかを確認すべき義務」もあったとした。

原発建屋の「水密化」を重視

 もう1つの争点の結果回避可能性(何らかの対策を取っていれば事故を防げたか)については、原発事故による避難者が国に賠償を求めた訴訟で6月17日の最高裁判決は否定したが、今回の判決は逆に認めた。

 地裁判決が重視したのは、原発の主要な建屋や重要機器室に津波が浸水しないようにする「水密化」だ。他の電力会社の取組みから「容易に着想して実施し得た」と指摘したうえで、水密化によって「重大事態に至ることを避けられた可能性は十分にあった」と評価。計画・設計から工事完了までは2年程度で可能だったと判断し、小森氏を除く4人は過酷事故が発生するおそれを認識してから「津波の襲来時までに水密化措置を講ずることが可能だった」と認定した。

 朝倉裁判長と主任裁判官の2人は原告の要請を受け、「現地進行協議」の名目で昨年10月に福島第1原発の敷地内を視察している。同原発事故をめぐる訴訟で裁判官が直接、現場の様子を見るのは初めてだった。判決にはこうした体験も反映された、と原告らは推察している。

報告集会で判決の受けとめを語る(右から)河合弘之弁護士、海渡雄一弁護士ら原告弁護団のメンバー=2022年7月13日、参議院議員会館、撮影/小石勝朗。

「日本の原発すべてを止める手がかりを得た」

 賠償金額の13兆3,210億円の内訳は、①廃炉:1兆6,150億円、②被災者への損害賠償:7兆834億円、③除染・中間貯蔵対策:4兆6,226億円。原告弁護団は「東電がすでに支出したものを主体に算出した」とみている。仮執行宣言も付いた。

 判決が確定するとして、元幹部は満額を支払えるのだろうか。

 「払えっこない」と原告弁護団長の河合弘之弁護士は言い切る。それでも、判決には大きな意義があると強調する。「原発を持つ電力会社の取締役に(事故が起きれば巨額の賠償金を払わせられるという)恐怖感を思い知らせた。東電の柏崎刈羽原発の再稼働にも影響するだろう。日本の原発すべてを止める手がかりを得た」。それが提訴当初からの大きな狙いだったのだ。

 原告弁護団は7月20日、原発を所有する電力会社の代表取締役に宛てて「警告書」を送付した。今回の判決をもとに「原発の再稼働をし、事故が起きても国は責任を引き取ってはくれません。貴殿ら個人が責任を取らされます」とクギを刺したうえで、原発の再稼働をやめ廃炉に舵を切るよう勧告している。

東電の社内体質も鋭く批判

 「原子力事業者として求められている安全意識や責任感が根本的に欠如していた」。判決は経営陣だけでなく東電の社内体質を鋭く批判した。規制当局との関係において、東電が「現状維持のために、有識者の意見のうち都合の良い部分をいかにして利用し、都合の悪い部分をいかにして無視ないし顕在化しないようにするかに腐心してきた」とまで述べている。

 東電は被告の元幹部を支援するため訴訟に補助参加していた。提訴から間もない2012年末に同社が提出した準備書面では「原発推進は国策だった」との論理で元幹部をかばう姿勢を明確に示していた。

 東電は今回の判決によって多額の賠償金を受け取る立場であり、経営が厳しい企業として今後の対応が問われそうだ。原告らは東電に対し、判決の仮執行宣言に従ってただちに強制執行の手続きに入り元幹部4人の財産を差し押さえるよう、7月20日付の文書で要請した。同時に、元幹部が控訴する場合は補助参加をやめ、仮に続けるとしても「会社の利益を守るために立ち上がっている株主(原告)の側に」補助参加することを求めた。

刑事裁判で判決を証拠採用するよう要望

 株主代表訴訟で中心になった証拠の多くは、勝俣氏ら3人が強制起訴された刑事裁判の担当部から文書送付嘱託によって取り寄せたものだ。この手続きに時間がかかり、提訴から判決まで10年余を要する一因になった。

 刑事裁判の1審・東京地裁は2019年9月、元幹部3人の予見可能性を認めず無罪を言い渡している。刑事と民事の違いがあるとはいえ同じ証拠の評価が分かれた形になり、株主代表訴訟の原告弁護団は声明に「刑事裁判の審理と結論に大きな影響を及ぼすものだ」と盛り込んだ。弁護団のメンバーは刑事裁判でも被害者参加代理人を務めており、6月6日に控訴審を結審した東京高裁に対し、弁論を再開し今回の判決を証拠として採用するよう要望している。

 「まだ5合目です」。判決後、原告の報告集会で弁護団の甫守一樹弁護士は淡々と語り、気を引き締めた。両者が控訴したことで審理は東京高裁で続くことになり、さらに高裁でどんな判決が出ても最高裁まで争われる公算が大きい。司法には、今回の判決が鮮明に示した原発の設置・運転事業者の義務や過酷事故への警鐘を十分に踏まえて、迅速に審理を進めることが求められている。

◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう) 
 朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。

(2022年07月28日公開)


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