「袴田事件」証人尋問を経て年内にも最終意見書/検察実験の観察に裁判官が立会いへ

小石勝朗 ライター


三者協議の終了後に記者会見する袴田巖さんの弁護団=2022年6月27日、東京・霞が関の司法記者クラブ、撮影/小石勝朗。

 袴田事件(1966年)第2次再審請求の差戻し審は「審理終結」が見えてきた。元プロボクサー袴田巖さん(86歳)の弁護団と裁判所、検察による8回目の三者協議が6月27日、東京高裁(大善文男裁判長)で開かれ、弁護団、検察双方の最終意見書の提出期限が12月になる方向が示唆された。順調に進めば、再審を始めるかどうかの高裁決定は今年度中にも出される見通しだ。

 この日の三者協議では「長期間味噌に漬かった血液の色の変化」をテーマにした法医学者ら5人の証人尋問を、7月22日~8月5日に行うことが正式に決まった。また、検察が昨年9月から独自に実施している味噌漬け実験~人の血液を付けた布を味噌に漬け込んで血痕の色調変化を観察する~を11月初めまで続け、最終的な確認には裁判官が立ち会うことでも合意した。

証人尋問の中心テーマは弁護団提出の鑑定書

 差戻し審の争点は、事件発生の1年2カ月後に味噌タンクから見つかり、死刑判決が袴田さんの犯行着衣と認定した「5点の衣類」に付着していた血痕の色合いだ。死刑判決は5点の衣類が1年以上味噌に漬かっていたと判断したが、発見時の血痕には赤みが残っていた。弁護団は「1年以上味噌に漬けた血液に赤みが残ることはない」として、5点の衣類は発見直前に味噌タンクに投入された捏造証拠だと主張。一方の検察は「長期間味噌漬けされた血痕に赤みが残る可能性は十分に認められる」と反論し、真っ向から対立している。

 非公開の三者協議の終了後に記者会見した弁護団によると、証人尋問は3日に分けて行われる。証人1人につき、主尋問、反対尋問、補充尋問を合わせて最大2時間程度の予定だ。

 初日の7月22日の証人は、弁護団が求めた法医学者2人。弁護団の委託を受けて、味噌に漬かった血液が黒色化するメカニズムを鑑定書にまとめ、昨年11月に高裁へ提出された。血液を赤くしているヘモグロビンが味噌の塩分や弱酸性の環境によって変性・分解、酸化し褐色の別の物質に変わるためとしており、尋問の主テーマは「血液の付着した衣類が味噌漬けの環境に置かれた場合の血痕の色調変化の推移とその化学的な理由」だ。

 2日目の8月1日は、検察が請求した法医学者2人を尋問する。2人は弁護団が委託した学者による鑑定書を批判するとともに、検察が実施している味噌漬け実験の経過を分析・評価しており、その見解は供述調書になって高裁へ提出されている。こうした点について尋問が行われる見通しだ。

 3日目は8月5日で、弁護団が請求した物理化学の学者が証人になる。弁護団の委託を受けて、検察による味噌漬け実験の条件設定を批判する鑑定書を4月に作成しており、その内容や、弁護団が提出した法医学者の鑑定書の妥当性について問われるという。

 証人尋問は非公開で行われるが、再審請求人(袴田さんの保佐人)であるにもかかわらず三者協議への同席が認められていない姉の袴田秀子さん(89歳)は傍聴できることになった。

 西嶋勝彦・弁護団長は「証人尋問によって鑑定書の価値が高まると自信を持っている。検察請求の証人は自ら実験をしているわけではなく、心配するところはない」と語った。

検察の味噌漬け実験は1年2カ月間継続

 三者協議では、検察の味噌漬け実験を11月初めまで続けることで合意した。5点の衣類は事件発生の1年2カ月後に発見されており、最長でこの期間、味噌に漬かっていた。検察が血液を付けた布の味噌漬けを始めたのは昨年9月4日なので、11月で5点の衣類と同じ1年2カ月になるためだ。布を味噌から取り出して血痕の色合いを最終的に観察する場には、東京高裁の担当裁判官が立ち会うことも確認された。

 正式な検証手続ではないものの、弁護団は11月初めには「血痕は完全に黒くなる」(小川秀世・事務局長)と想定しており、裁判官の心証を形成するうえで大きな意味を持つと捉えているようだ。さらに小川氏は「検察は弁護団の鑑定書が説明した科学的根拠自体は否定していないので、実験で血痕が黒くなっていれば弁護団の主張に反論する余地がなくなり、再審開始決定が出た場合にも(最高裁へ)特別抗告する手がかりがなくなる」と見立てた。

弁護団、検察とも新たな証拠提出の予定はなし

 三者協議では弁護団、検察ともに現段階で新たな証拠を提出する予定はないと言明しており、証人尋問が終われば最終意見書の提出準備に取りかかることになる。検察の味噌漬け実験の結果も踏まえたうえで、高裁は提出期限を12月に設定する方向を示唆した。このスケジュールに対し弁護団、検察の双方から強い異論は出ていないため、審理は年内に終結する可能性が高く、高裁の決定は今年度中にも出るとみられる。

 最高裁が審理を東京高裁に差し戻したのは2020年12月。差戻し審は翌3月に始まっており、決定まで約2年を要することになりそうだ。来年2月には姉の秀子さんは90歳に、3月には袴田さんが87歳になる。再審請求は時間との闘いでもある。

◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう) 
 朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。

(2022年07月06日公開)


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