3 部会における議論の状況
刑事法(逃亡防止)部会の第1回会議では、資料1)を基に、各委員、幹事から比較的自由な意見表明がなされている。その議論において特徴的なのは、平成21年には15.6%だった通常第一審における被告人の保釈率が平成30年には32.1%に上昇していること2)については、批判的な意見は出されていないことである。罪証隠滅に関して、その「現実的可能性」の考慮を求めた最高裁判例3)などが裁判官の罪証隠滅を疑わせる具体的事実の存在を審査する厳格な判断をもたらしたと評価されており、それ自体に異論は見られないのである4)。
他方で、逃亡のおそれについては、現在の実務においても類型的な判断になりやすいとして5)、その判断を精緻化する必要が指摘されている。また、高裁における実際の取組み例を紹介しつつ、現行制度の下で運用を工夫することによって逃亡防止や出頭確保が可能であることを示唆する意見も出されている。
たとえば、一審の実刑判決が出された後に、控訴審において保釈されていた被告人が控訴審でも実刑となり、保釈が失効したにもかかわらず収容できない、という(連載第1回で示した)①のような事例ついては、控訴審判決の期日に出頭命令(刑訴法390条但書)をかければ逃亡を防ぐことができると指摘されていることが注目される6)。
これに対して現行制度の限界を指摘する意見として、上記の①の事例を念頭に、実刑判決が確定した場合の収容に抵抗するようなことは考えられなかったが、そのような「性善説に立った法制度」は改めるべきだとの指摘がある7)。
このほか、保釈中の被告人が正当な理由なく公判期日に出頭しない場合や保釈を取り消された被告人が呼び出しに応じない場合に罰則を設けるべきであるという意見8)、保釈中に裁判所への定期的出頭・報告義務を課すべきであるとの意見9)、刑の執行段階での調査権限の創設や保釈中の被告人の国外逃亡を防ぐための制度改正が必要であるとする意見10)、自由刑だけでなく、罰金刑やそれに代わる労役場留置の執行確保のための方策の検討が必要であるとする意見11)、国外逃亡の場合は、刑の時効の停止が必要であるとの意見12)などが第1回会議で出されている。
それを受けて、第2回会議では、事務当局から「検討のためのたたき台・その1」が示された13)。そこでは、「第1 保釈中・勾留執行停止中の被告人の逃亡を防止するための方策」で4項目、「第2 判決宣告後の被告人の逃亡を防止するための方策」で4項目、「第3 確定した裁判の執行を確保するための方策」で4項目の12の項目が示されている(以下では、各項目を1 − 1、2 − 1などとして取り上げる)。
この12項目について、第2回会議、第3回会議で1巡目の議論が行われた。この段階からは、各委員・幹事から「たたき台」の各項目に対して、具体的な制度設計に関わる意見が出されるようになり、これを受ける形で、第4回会議で「検討のためのたたき台・その2」の一部(上記第1、第2の部分)が配布された14)。そしてこの段階では各項目について、「考えられる制度の枠組み」と「検討課題」が示されている。このように、部会での審議は、委員・幹事の意見を受けて「たたき台」を提示し、修正していくというスタイルで進められている。そして第4回会議からは「たたき台・その2」で示された「考えられる制度の枠組み」と「検討課題」に沿う形で、2巡目の議論が行われている。
なお、第6回会議では「たたき台・その2」の残りの部分(上記第3の部分)も配布され15)、第6回までで2巡目の議論が13の項目すべてについて行われている。そして第7回、第8回の会議では、たたき台の改訂版がさらに配布されている16)。
ところで、GPSについての議論は、「たたき台・その2」で追加され、その内容に関する審議は、第5回会議で行われている。GPSについては、すでに第1回会議の配布資料5「主要国における未決拘禁・保釈、刑の執行に関する制度の概要」の中で、「代替措置により未決拘禁から解放する制度」として、アメリカ、イギリス、フランスの電子監視が紹介されており17)、事務当局としては、当初からこれを検討課題とする意図があったものと思われる。なお、第4回会議では、イギリス、フランスに加えて韓国、カナダ(ブリティッシュ・コロンビア州)の電子監視の制度を紹介する資料18が配布されている18)。議論の進め方は、一見すると委員、幹事の問題提起を受けて、事務当局が論点を整理している形である。
◎執筆者プロフィール
水谷規男(みずたに・のりお)
1962年三重県生まれ。1984年大阪大学法学部卒業。1989年一橋大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。三重短期大学、愛知学院大学を経て、現在、大阪大学大学院高等司法研究科教授。専門=刑事法。主な著作に、『未決拘禁とその代替処分』(日本評論社、2017年)などがある。
注/用語解説 [ + ]
(2021年05月11日公開)