連載 和歌山カレー事件

和歌山カレー事件
刑事裁判のヒ素鑑定の誤りを見抜いた民事裁判
第4回

林真須美頭髪に3価無機ヒ素を検出したとされる山内鑑定は「どの程度確立しているかについて不明確な点も残る」(中)

河合潤 京都大学名誉教授

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7 大阪地裁民事裁判田口判決(2022)の複雑な「回収率」の説明

 第2節で田口判決(2022)から波下線で引用した文章は難解だ.しかし,田口判決は,山内鑑定の問題点を適切に指摘しているので,ここで詳しく説明しておきたい.

 西田弁護士が指摘するように,林頭髪に亜ヒ酸が外部付着していることを検出した分析方法は,3価無機ヒ素の分析方法ではなく,「DMAAとTMAを測定するため」の分析方法だった.この点は,本節ではひとまず置いて,3価無機ヒ素を検出する方法だったと仮定して山内鑑定のpHが適切かどうかを検討してみることにする.後述するように1984年の「陸水中砒素の化学形態」と題する論文(本稿では「陸水」と呼ぶ)までは,山内助教授は3価無機ヒ素を「DMAAとTMAを測定するため」の分析手順で分析していたからだ.

 「原告《林真須美》が主張の根拠として引用する各文献」によれば「pH1.5に設定した場合には,3価砒素の回収率が100%,5価砒素の回収率が24%であり,pH3.5に設定した場合には,3価砒素の回収率が100%,5価砒素の回収率が5%」なので,仮にAs(V)だけを含む検液を分析したとしても(これは林頭髪に亜ヒ酸が付着しておらず無実の証明になる),pH3.5を使えば,As(V)の全量のうちの5%がAs(III)として回収されることになる.したがって亜ヒ酸が付着していない頭髪を鑑定しても,亜ヒ酸が付着していたとする鑑定結果が得られることになる.

 田口判決(2022)には「もっとも,原告が主張の根拠として引用する各文献においては,pHを4ないし5とすべきであったとする文献のみならず,pHを4とした場合でも……

(2023年07月27日公開)


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