ゴーンさんの保釈はどのように獲得したのか

人質司法の原因とその打破の方策

高野隆弁護士VS大出良知九州大学名誉教授


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12 刑事専門弁護士とは?

大出 今日のお話を伺って感じたことでもありますが、刑事弁護の専門性についてご意見を伺って終わりたいと思います。

 以前「刑事専門弁護士は、神山啓史弁護士だけだ」と賛辞とも揶揄ともとれるような言われ方がされていたときがありました。今では刑事弁護の裾野も随分広がってきています。刑事弁護を中心に行う事務所も生まれてきています。高野さんも刑事弁護しかやらないと言われています。高野さんの考えとして、刑事専門弁護士をどう見ているのか。また、刑事裁判の状況を打開するためにも、それは必要だという意見もありますが、いかがですか。

高野 刑事弁護は簡単な仕事ではないです。簡単ではない仕事であるにもかかわらず、司法研修所を出たら誰でもできると思われています。それは大きな誤解です。刑事弁護は、非常に専門的だし先端的です。それプラス、身柄拘束問題があるので、肉体的にも消耗します。

 企業法務に関しては、顧客である企業の人たちは、「どういう弁護士が、何が得意で、どの弁護士に頼んだら、どういうことをやってくれるのか」という情報を持っています。けれども、私たちの依頼層は、そういう情報がないために、適切な弁護士の所になかなかたどり着けないのです。

 ゴーンさんは、ジェット機を降りた所で逮捕されました。弁護人を専任するために彼が最初に相談したのは日産でした。

大出 まさに、引っ張り込んだほうに相談することになってしまったわけですね。

高野 「カリスマ経営者」と呼ばれているような人でも、刑事弁護を誰に頼んだらいいのか全く分からない状況にあります。そのため、司法研修所を出て弁護士資格があったら、誰でも、一度も公判前をやったことがなくても、一度も否認事件をやったことがなくても、誰でもウェブサイトを作って、「刑事弁護専門」って宣伝ができる。本当に「刑事専門弁護士」だと勘違いして、人生がかかった事件の弁護を全くの素人に依頼する。悲劇としかいいようのないケースがいくつもあります。

 「季刊刑事弁護」は、弁護士向けの実務雑誌として成長し、成功しています。しかし、これから先、市民の間で刑事弁護人に関する情報の格差をなくすための仕組みを、私たちは本当に考えなくてはいけないと思います。刑事弁護の水準がどこにあるのかを明確に出して、その水準に達した弁護士が、具体的に誰なのかということを、刑事弁護を必要としている人たちに伝える仕組みが必要です。

 それは、逆に、裁判所とか、検察庁からの信頼を獲得することでもあると思います。駄目な弁護士に対する不信感は、裁判所も検察官も、相当持っています。

大出 そのとおりだと思います。

高野 それで不利益を被っているのは、依頼人ですから。

大出 私の見るところでは、日弁連に刑事弁護センターができて、全体としてみれば、刑事弁護の充実の方向に向かって努力が相当蓄積されてきていると思います。しかし、地域ごとに見れば、かなり違いがあります。弁護士が多いところがかえって組織的対応に苦労されていることも見て取れますし、刑事専門といった対応態勢をつくるのは、そう簡単でないのかもしれません。

高野 私は第二東京弁護士会の刑事弁護委員会の委員になっています。国選のレベルの問題は、大きいと思います。国選の名簿から外すべき人たちが、外されてないと率直に思います。なぜそうなったのかというと、簡単な話で「国選弁護は、みんなができるものだ」という誤解のうえに、仕事がない弁護士や年を取った弁護士の生活の糧みたいなことになっていると思います。ここは、何とかしないといけません。刑事弁護の8割以上を国選弁護が独占しています。国選弁護がこの国の刑事弁護のデ・ファクト・スタンダードになるわけですから。

 解決策ははっきりしていると思います。被告人が国選弁護人を選べる仕組みにすれば良いのです。それから、国選弁護の「管轄」を取っ払えばよいのです。埼玉の弁護士が岡山の国選事件をやってもいい、その逆もOKというようにするべきだと思います。費用は国が出すけれど、誰の弁護を受けるかは、その人が選ぶということを確立しなければいけません。そうすることによって、ちゃんとした弁護士なのか、ちゃんとしていない弁護士でないのかを被疑者・被告人本人が判断して自分の責任で選ぶことができます。「それでは一部の弁護士の所に仕事が集中する。不公平じゃないか」と批判する人もいます。それで良いのです。一部の弁護士に事件が偏ること、「不公平」であることになんの問題もありません。そのことで被疑者や被告人が不利益を被ることは全くありません。それは被疑者・被告人にとって好都合なことです。自分と家族の一生がかかった裁判を担当してもらう弁護士を限られた選択肢ではなく、国中の弁護士のなかから選べるというのは非常に良いことです。

 健康保険のことを考えてみてください。医者を選ぶのは患者の権利です。健康保険は患者が自由に選んだ医師の報酬をカバーするのです。もしも医療費を保険で賄う代わりに、患者は医者を選べないとしたら、怖くて保険医療なんて受けられないではないですか。それがまかり通っているのが、今の国選弁護なのです。

大出 それも、全く認識が一緒です。随分前のイギリスでの経験ですが、イギリスでは、まず、自分の知っている弁護士に弁護を依頼し、その費用が法律扶助(リーガルエイド)から支払われることになっていました。今言われたように、権利として、自分の頼みたい弁護士に頼んで、公費で費用が支払われることがあって当然だと思います。

高野 日本の国選制度は本当におかしいです。国選弁護は被告人の「権利」のはずなのに、いまの仕組みは被告人に「国選弁護を受ける義務」を課しています。信頼できない弁護士の弁護を受ける義務などないはずです。そんな人の弁護を受けるくらいなら、自分で自分の弁護をしたほうがマシだ、日本の被告人にはその選択肢すら与えられていません。

大出 日本の場合、何でそうなっていないのかを考えると、そう簡単ではなさそうだという気もしますが。

高野 簡単ではないです。

大出 都市部に集中しているという弁護士の存在状況との関係で、弁護士の選任システムや財政的事情というか予算のことなど、解決しなければならない問題は、いろいろありそうですが。

高野 いや、予算は変える必要はないわけで、その予算を誰に使うかという話でしょう。

大出 いずれにせよ、刑事弁護の専門性を高めていく上での検討課題だと思われます。今回の高野さんたちのご努力が、今後の刑事弁護のさらなる充実・発展に資するであろうことを確信させていただいたことをお伝えして終わりにさせていただきます。どうもありがとうございました。

(2019年09月04日公開) 

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