深謀無遠慮 第1回

取り調べへの立会いは実現できないのか

大出良知 九州大学名誉教授・弁護士


1 はじめに

平成に入って、大きな刑事訴訟法の改正が何度もありました。それによって、裁判員裁判が導入されましたし、捜査段階においても、取調べの録音・録画が、一部ではありますが実現しました。さらに被疑者国選弁護制度も勾留段階から全件が対象となり、被疑者・被告人に対する弁護活動も充実してきました。これらの改善・改革は刑事訴訟手続に大きな変化をもたらしています。しかし、まだまだ改善・改革が必要な点は決して少なくありません。そこで本連載では、刑事裁判や刑事弁護に関わり、なお改善・改革の必要があると考えられる点ついて、その現状を確認するとともに改善・改革の方策を探ってみたいと思います。

2 弁護人立会い問題の現状

当番弁護士制度1)が発足してから既に四半世紀余が過ぎました。その目指してきた被疑者国選弁護2)の制度化は実現し、全勾留被疑者を対象にするところまでになりました。被疑者弁護の充実・強化が進んだことは間違いありません。

しかし、国選弁護の逮捕被疑者への拡大は、未だ実現していません。また、直接取調べの適正化を目指す可視化は、ようやく逮捕・勾留されているごく一部の事件に録音・録画が導入されることになったにとどまります。しかも、今市事件の第一審で見られたように映像が実質証拠として利用されるという危惧はなくなっていません。ましてや、取調べへの弁護人の立会いは、制度化への俎上にさえのっていません。立会いを認めていない日本の現状が、繰り返し国際的な批判に曝されることになっているにもかかわらずです。

3 立会いを認めない3つの理由

何故そんなことがまかり通っているのでしょうか。その理由として主に主張されているのは次の3つにまとめることができそうです。①取調べの真相解明機能を大幅に減退させる。②供述収集手法を根本的に変質させ、国民的支持を得られない。③弁護士に対応力がないことで捜査に支障をきたす。すなわち、被疑者の取調べは、捜査当局の都合で何時間でもできること、起訴までの拘束期間が23日間と長いこと、などから、一人の弁護士が他の業務をかかえながら取調べに対応することは困難だろうということでしょう。

しかし、①は、まだ捜査段階で、客観的証拠が揃っていないのに取調べに真相の解明を期待するというのは、まさに悪しき自白偏重でしかありません。そのことは、②にも関係するでしょう。相変わらず刑事ドラマの影響ということでもないでしょうが、密室での自白追及によって「真実」が明らかにされるという幻想が国民の間に蔓延しているとすれば、それを是正することこそ課題ということになるでしょう。③も、弁護士の対応力を問題にして人権侵害を放置するのは筋違いですから、対応できるようにすることを求めるしかありませんし、対応力があるかどうかはやってみなければ分かりません。それに、この問題は、①と②に関わる取調べの在り方にも密接に関わっていますから、取調べの在り方を改善することなしに、弁護士の対応力だけを問題にするというのは、取調べの改善に背を向ける口実としか考えられません。

ということで、どうにも反対の理由というのは、理屈の上では確たる根拠のあるようなことではなく、長年にわたって捜査手法の中心を占めてきた安易な自白追及手段を人権に優先させて維持しようとする思惑に支えられているとしか考えられません。となると、残念ながらこのような事態を、立法化によって打開することは簡単ではないように思います。そのような状況は、当番弁護士開始前の被疑者弁護をめぐる状況に似ていると思われてなりません。制度的担保を求めて、手を拱いているというだけでは事態は変わらないというのが、当番弁護士制度創設の際の教訓だったのではないでしょうか。

4 実践的な対応の必要性

すなわち、実践的にどうすれば立会いを実現できるかやってみるしかないのでは、ということです。憲法や刑事訴訟法の制定過程では、詳しくは触れませんが、弁護人の立会いを想定する議論が行われていただけでなく(詳しくは、大出「刑事弁護の憲法的基礎づけのための一試論」自由と正義40巻7号123頁以下(1989年)を参照して下さい)、犯罪捜査規範でさえ、「取調べを行うに当たって弁護人その他適当と認められる者を立ち会わせたとき」を想定しているのですから(180条2項)、臆することはありません。

その方策自体も、そう厄介ではありません。すでに実践している弁護士の方もいるはずです。ともかくも、依頼者に、「弁護人に立ち会ってもらえなければ、取調べに応じるつもりはありません。」と捜査官に言うように勧めることです。

もちろん、捜査当局が簡単に応じてくれるとは思いません。でしたら、次には「応じてもらえなければ、黙秘します。」と言ってもらい、実際に黙秘してもらうことです。すなわち、被疑者側が主導権を握って、捜査当局に、弁護人を立ち会わせるか、黙秘されるのを覚悟するのかの選択を迫るということです。

そうはいっても、取調受忍義務3)があるという前提での重大事件の取調べで、黙秘を貫くことは容易ではないのでは、と思われるかもしれません。確かに条件も整っていないのに、被疑者にただ「ガンバリなさい」といってみても、そう簡単ではないでしょう。

5 条件はあるのか

その条件として重要だと考えられるのが、主に、次の2つです。第1に、できる限り早期に、逮捕直後か遅くても取調べが本格化する前に、弁護士が、被疑者に接見することです。分かりきったことですが、問題は、そのことを可能にする方策ということでしょう。第2には、取調べ全過程の録音・録画です。これは、権利としての黙秘権行使が、実効的に保障されているかどうかを客観的に確認するためです。

必ずしも制度的担保が確立していない中では、この条件を整えるということは不能でした。それが、ようやく実践的にこの条件を整えることが可能な状況が生まれてきたと思われるのですが。

第1の点については、これまでも当番弁護士が、弁護士会による派遣も含めて早期に対応する工夫を案出してきました。それに加えて、2016年の刑訴法改正で、逮捕段階からの国選弁護は実現しませんでしたが、逮捕時点での弁護人選任方法の教示義務が規定されることになりました(203条3項、204条2項)。その教示によって当番弁護士を依頼できるようにさせることが重要ですし、弁護士会としてもこれまで以上に一刻も早く接見できる体制を整備すべきです。取調べが本格化する前に、弁護の重要性、その実質化に立会いが不可欠であること、その実現のために黙秘権の行使が有効であることを伝えることができれば、事態は全く違ってくる可能性があるからです。

その点では、逮捕情報を積極的に入手する方策も考える必要があるでしょう。各警察署に弁護士を配置するといったことはまだ難しいかもしれませんが、報道機関には情報が流れるのですから、弁護士会として逮捕警察署に情報提供を求めるべきでしょう。拒否されるようなら、とりあえず、報道機関が入手した時点での提供を交渉すべきでしょう。

また、第2の点については、2016年改正で録音・録画が行われることになった事件は限られていますが、第1の条件を充たすことができれば、ともかく,全事件について録音・録画を求め、強く立会いを求めることです。録音・録画が行われることになれば、立会いを求めての黙秘権の行使も容易になるはずです。捜査当局も、録音・録画されている状況で、強要にわたらない長時間の供述を求める一方的な取調べを続けるには限度があると思われるからです。被疑者が弁護人を呼ぶことを求めて黙秘権を行使した取調べを警察が録画していたビデオを再現した季刊刑事弁護23号〔2000年〕106〜119頁を是非参照してみて下さい。

6 発想の転換を

弁護人の立会いにとって最後に問題になるのは、いうまでもなく、前述した弁護士の対応可能性です。いくら刑事弁護に熱心な弁護士であっても、捜査当局の想定する取調べに対応する時間的余裕がないのが通例だと思われるからです。だとすれば、発想を変えるしかありません。弁護人の立会いが認められない限りは、取調べに応じない、あるいは黙秘権を行使するということを徹底することです。そして、立会いが認められ、適正に黙秘権を行使できる取調べには応じるということにするべきです。その実効性を確保するために前述の条件が必要だったということです。もちろん、あくまでも立会いを求めるかどうかは、事件の内容、捜査当局の情報開示などの対応如何、被疑者の意向等を総合考慮して判断することになるのは当然です。

*本連載にあたっては、『月報司法書士』(日本司法書士会連合会機関誌)誌上で時々の司法問題等について発言させていただいた際(2000年4月〜2002年3月及び2002年10月〜2007年11月)の連載名を使用させていただいています。

注/用語解説   [ + ]

(2018年09月20日公開)


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