9 ゴーン事件と司法取引
大出 保釈問題を離れて、この事件自体についても少し伺えればと思います。この事件のそもそもの出発点は、2018年6月施行の「司法取引」で始まったと巷間で言われていますが、具体的にそのこと自体について、今の段階で弁護側として把握されていることはありますか。
高野 司法取引が行われたことは間違いありません。いわゆる合意文書も開示されています。
大出 結果的に見れば、検察は法が施行されて拙速に事態に対応することになったようにも思われますが。
高野 そもそも司法取引は、犯罪の嫌疑があって捜査が開始されて、その過程で共犯者的な人の協力を得ることで真相が解明されるという発想で提案されたものです。この事件はどうなんだろうか。果たして検察が捜査を開始してその捜査のために協議・合意制度が活用されたのか。そうではなく、犯罪捜査とは別の次元の話がまずって、その別次元の目的のために、この制度が利用されたのではないか。そう考えさせる状況がいくつかありそうです。
大出 なるほど。そうすると法の趣旨を逸脱している可能性があるということになりますか。
高野 法が果たして、そういうことを許容しているのか。検察が「公益の代表者」であるというのは、どういう意味なのか。検討の余地があるような気がしています。
10 ゴーン裁判の見通し
大出 裁判の見通しについて、弁護人の立場から、どうご覧になっているのかも、可能な範囲で結構ですので伺えればと思います。ご本人の意向というのは、報道でも伝えられていますが、弁護側としては全面的に争われるということですね。
高野 起訴事実は全部で4つあります。役員報酬の額を過少申告したという金融商品取引法違反(有価証券報告書虚偽記載)、これは2つに分離されて起訴されています。それからあとの2つが個人的な負債を会社に付け替えたととか、会社資金を取引先を経由して着服したという会社法違反(特別背任)です。現在、公判前整理手続が続いています。
大出 どの程度、公判前整理手続にかかりそうかという、大体の見通しはどうでしょうか。もちろん相手のある話ですので、予測困難な部分もあると思うのですが。
高野 今、金融商品取引法違反事件と、最初の会社法違反事件について、検察官から証明予定事実記載書が出て、われわれのほうで類型証拠開示請求を出している段階です。証拠開示が、今、ようやく始まったところです。
2度目の会社法違反の起訴については、まだ検察官から証明予定事実も出されていませんし、請求証拠の開示もない状況です。まだ公判前整理手続が動き出したばかりという感じです。これからどのくらい時間がかかるのかは、ちょっと予測がつきません。
今後も証拠開示をめぐって、いろいろな攻防が行われるかもしれません。あと、海外との捜査共助によって、どのぐらいの供述が存在しているのか、それも今のところはっきりしていませんので、まだ時間が読めない段階です。
大出 現時点で、ほかに何か検察が新たな事件を立件するというようなことは予想されていますか。
高野 それは今のところないのではないかと思います。そういう動きがあるとは、ちょっと思えないですね。
11 刑事弁護とマスメディアへの対応
大出 だいぶ時間も経ちましたので、そろそろ終わりにしたいと思います。今回の事態とメディアとの関係についてもご意見を伺えればと思います。マスメディアのあらゆる情報というわけでもないですが、かなり予断に満ちた、あるいは誤報も含めて、情報が垂れ流し状態になっています。おそらく、検察も相当リークしているのではないかという感じがしますが。
高野 検察はリークし放題です。それをマスメディアはそのまま書いています。
大出 そのような事態に対する対応策として、弁護人として具体的にどうする必要があるとお考えですか。
高野 このケースについて言うと、東京地検特捜部は、自分たちに都合のいい情報をマスメディアに流して、マスメディアは、それをそのまま記事にしたり、テレビで放映したりして、それが事実であるという前提で物語が作られてしまっています。こちらは、それを耐え忍んでいるという構図になっています。昔からこの構図は全然変わっていないです。大事件が起こると例外なしに、マスメディアはそうなってしまいます。検察からもらった情報を数分後にはネットに流す。お互いに先を争ってますので、情報の正確性を点検をする余裕はメディアには全くありません。恐ろしい話です。
当然のことですが、さまざまな誤報があって、その全てに対処できるものではありません。目に余るものはブログで抗議したりしました。しかし、訂正記事なんて読者に気づかれないように紙面の片隅にそっと出るだけです。これは、非常に危険なことだと思います。それがかつての戦争時代のマスメディアの在り方につながっていくような気がします。
刑事弁護では、情報発信すると言っても、守秘義務という限界があるので、そこは難しいです。そうすると、検察が、公正な第三者であることに対する「職業倫理」を確立する必要があると思います。少なくとも、アメリカとかイギリスは、検察官もロイヤーなので、共通の倫理規範(コード・オブ・コンダクト)に従わなければいけないわけです。捜査情報を一方的にリークして、それを有利に使うのは、明らかに法曹倫理に反しています。そういうことについて共通の法曹倫理が、日本では全然ありません。弁護士倫理はあるけれど、検察倫理は全くない。こういう事件では倫理のなさが如実に出ているわけです。
大出 一時期、そういう事件報道の在り方をめぐって、随分いろいろと議論がありました。報道各社の中でも、それなりの倫理の確立みたいなことに努力されたと思いますが、「元の木阿弥」とまでは言わないにしても、こういう大事件になると、スクープ合戦になってしまう。その結果、垂れ流されている情報をそのまま鵜呑みにするみたいなことになっていると思います。
今の話を伺っても、何か歯止めになるようなことというのは、弁護活動から、そう簡単にはないという感じがします。
高野 一つの方法として提案したいのは、公判前整理手続を公開することです。現在、公判前整理手続は非公開ですから、マスメディアはその情報をとるために検察、あるいは弁護側に頼らなければいけない。又聞きで報道するわけです。検察は検察に都合のいいことを言うし、弁護人は弁護人に都合のいいことを言うわけでしょう。
公判前整理手続が全部オープンになって、公開の法廷で行われ、マスコミがそれを全部傍聴できて、公判前整理手続期日調書も誰でも謄写できるとしたら、そういう事態は回避できます。
すべての手続をオープンにすれば、そういう問題はなくなります。「弁護人がこういう発言をしました。検察がそれに対してこう答えました。いついつまでに証拠開示すると言いました」ということを、そのまま報道すればいい話です。
訴訟記録に対して誰でもアクセスできるようにすることが必要です。例えば、今回の事件では、国際的な捜査共助をやっていますが、それは全部秘密です。その記録にメディアがアクセスできるようになれば、誰が何を話している、誰がどういう供述をしている、誰に検察がアクセスしたかがわかります。それを秘密にしておいて、検察が情報の一部を都合よくメディアに伝える。メディアは先を争ってそれを報道する。メディは要するに、検察の世論操作に加担しているだけです。
大出 高野さんは、保釈の審理手続もオープンにしろと主張されていますね。
高野 公開の法廷でやるべきです。
(2019年09月04日公開)