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「人質司法」を意識しない裁判官、できない裁判官(上)

森脇淳一(もりわき・じゅんいち)

「人質司法」を意識しない裁判官、できない裁判官(上)

現在の裁判実務では、検察官から勾留請求があると、裁判官は勾留要件である「罪証隠滅のおそれ」と「逃亡のおそれ」を形式的に判断してほぼそれを認めている。このため、「人質司法」は勾留(身体拘束)を認めている「裁判官の問題」だと、厳しく批判する元裁判官がいる。勾留裁判の実情はどうなのか、人質司法をなくすためには、どうしたらよいか。外部から見ることができない世界を森脇淳一元裁判官に聞いた(2025年1月7日、広島県福山市にある森谷・森脇法律事務所にて)。

裁判官にとって「人質司法」とは

——日本の刑事事件では、被疑者は逮捕されると起訴期限一杯の23日間にわたってほぼ勾留(身体拘束)されます。さらに起訴後も勾留が続くので、身体拘束は長期間になります。最近では、たとえば、郵政不正事件の村木厚子さんは164日、プレサンス事件の山岸忍さんは248日、大川原化工機事件の大川原正明さんは332日、それぞれ勾留されました。いずれの事件でも罪を認めずに争っていました。

 裁判官は、このように罪を認めずに争っている被疑者・被告人を、検察官の請求に基づいて証拠隠滅や逃亡のおそれがあるとして、勾留を認めるのが常態化しています。捜査官は、長期間の身体拘束や接見禁止をする裁判実務を利用して、被疑者・被告人から自白等を得ることが頻繁に行われています。これは、あたかも被疑者・被告人の身体を人質にとっているというもので、「人質司法」と呼ばれています。裁判官は、この「人質司法」について、どのような問題意識をもっているのでしょうか。

森脇 ない。「ない」と言ったら身も蓋もないけど。それは裁判官の経歴と関係があると思います。私自身も非常に恵まれた生育歴だと思いますが、多くの裁判官は、私立の中高一貫校などの進学校(私は小中高と公立でした)から大学を出てすぐ裁判官になります。育った家庭も上級サラリーマンや、裁判官の子もいるけれど、私のような商売人の子などはあまりいない。ざっくばらんに言うと、下々のことは知らない、理解できないということにつきます。だから、被疑者が、自分の会社や従業員を守るため、「嘘の自白をしても保釈でとにかく外に出なければ」という発想を理解できないと思います。そして、「自白したんだから、やったんだろう」という単純な考えをもっていて、そこには「捜査は適正に行われている」という大前提があります。

──捜査に違法があった、冤罪事件では証拠捏造もあった、ということを指摘している書籍もたくさんあるし、ニュースだってあるので、それを知る機会はあると思います。それでも裁判官は理解できないんですか。

森脇 最近の裁判官は知りませんが、私が裁判所にいた頃の裁判官は、「やってもいないのに、やったなんて言わないだろう」という感覚が根底にあったと思います。私自身は、冤罪被害者本人からそういう状況があることを聞きましたが、そういう話を聞く機会がない裁判官には実感が湧かないと思います。

──実感が湧かないのですか。そういうものなのですか。

森脇 裁判官は取調べの現場を知らないので、「黙秘権はちゃんと告知されたんですか」「はい、されました」「じゃあ、調書に書いてあることは本当だ」と単純に思ってしまうのです。最近、一部事件で取調べの録音・録画の制度が実現して、それを見て裁判官の意識も多少変わるのではないかと期待しています。

勾留裁判の手順はどうなっているのか

──「人質司法」の元になっているのが勾留の問題です。そこで、勾留裁判をどういう手順でなされていたのかお聞きします。

森脇 1985年〜1988年まで、名古屋地方裁判所に判事補として勤務していましたが、最初の6カ月間は勾留の専門係でした。午前中に検察官からの請求がどっときます。10件までは1人で担当します。

──10件ですか。

森脇 15件だったかもしれません。確か10件までは1人で担当し、それ以上増えたらもう1人助けが付いたという記憶です。原則は全部ひとりで担当します。午前中に検察官から請求がくると、書記官が昼休み時間を使って勾留状の下書きを作ります。勾留状発付用と記録用と2部作ります。そして、昼食後から記録を読み始めます。

 事件の多寡によりますが、大抵は6~8件くらいでした。午後3時くらいから、被疑者に対する勾留質問をはじめて、午後4時ごろまでに全部済ませるのがルーティンでした。次から次へと流れ作業でやるのが勾留裁判です。

──そうすると、1件を10分くらいでやるんですか。あるいはもっと短いんですか。

森脇 ざっと検察官の勾留請求申立書と記録を読んだら、勾留要件があることがわかりますから10分もかけませんね。「嫌疑なし」はまずないですから。その中で、これは軽微な犯罪だし被疑者の住居もしっかりしているから、自宅に帰してもいいではないかという案件をピックアップして、それは却下します。私の勾留却下率は高かった。1カ月単位で統計をとっていたのですが最大で6%ぐらいになりました。裁判所の統計によると、1985(昭和60)年で0.54%ですから、そのころの平均は1%もなかった。

──そうはいっても、検察官からくる勾留請求申立書はしっかり読むわけですよね。

森脇 一応ね。ゆっくり読んでいたら、事件数が多いし、中には分厚い記録もあるので、時間が足りないですね。

──それで適正な判断はできるんですか。

(2025年04月15日公開)


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