やりがいを感じる瞬間
事件を受けるときに、「やりたくないな」と思うことはありますか。
事件内容でやりたくないと思うことはないですね。例えば、重たい事件か軽い事件かとか、否認事件か認める事件かとか、そういうことで区別することはありません。
内容に関してはないというのが驚きです。じゃあ、人ではありますか。
その人の立場などで区別することはないですね。例えば、突然事務所に電話がかかってきて「無償で全部やってください」と言われたら、さすがに難しいでしょうが、一方で単純にお金の問題ということでもありません。刑事事件が好きですし、知人の弁護士から紹介されたり、共同受任を頼まれたりすると、まず受任しています。
刑事事件に魅力を感じているんですね。弁護士として、やりがいを感じる瞬間はどんなときですか。
民事でも刑事でも共通していますが、依頼者と信頼関係ができていると感じられたときですかね。
具体的に、どんなときですか。
弁護方針を決める場面など、依頼者とは日々コミュニケーションをとらなければなりません。「方針については、弁護士に任せます」というスタンスになることもありますし、「ここは今の主張のままだと受け入れられないよ」といさめる場面もあります。そういう時にきちんとコミュニケーションがとれていると、信頼してもらえているなと感じます。
あとは、やっぱり弁護活動が終わって、不起訴になったり、身体拘束から解放されたりという結果を出した上で、「頼んでよかったです」と言ってくれる場面にやりがいを感じます。
依頼者からしたら、本当にありがたいと思います。信頼関係を結ぶために、意識してやっていることはありますか。
先ほどの話のくり返しになりますが、依頼者の話を無碍(むげ)に否定したりしないようにしています。あり得ないと思われるような話だとしても、そんなことが起こるかもしれないというスタンスで臨み、話をいったん聞いて受け止めます。
その上で、どういうふうに依頼者の言い分を裁判所に出すのがいいのか。それをそのまま全部出すのが、依頼者にとって本当にプラスになるのか。証拠も踏まえて考えますが、まずはいったん全部を受け止めて考えます。言いなりになるのとは全然違い、話を単純に、私の勝手な価値観とか主観だけで判断しないようにすることです。
荒唐無稽な弁解を聞くことは、やはり多いですか。
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(2021年06月28日公開)