最近は、覚醒剤事犯が減少して、大麻事犯が多くなっていると聞いていましたが((覚醒剤取締法違反の検挙人員は、2017年に10,113人であったが、年々減少し2022年に6,174人となった。一方、大麻取締法違反の検挙人数は2017年の3,008人から年々増加し、2022年は5,342人であった(各年度の犯罪白書、警察白書より)。))、この1か月の間に、大麻取締法違反の案件が連続して3件も来て、驚いています。そこで今回は、大麻事犯の弁護について触れます。
●接見室にて
弁護人「はじめまして! 国選弁護人です」
被疑者 「はじめまして。よろしくお願いします。僕、初めての逮捕じゃないんですけど、刑事事件の手続は難しいので、いろいろ教えてください」
弁護人「大丈夫です。手続の理解は難しいのが普通です。わたしは刑事事件を担当するのが多い方なんですけど、国選弁護の初回接見は、初対面の方との関係が始まるときなので、緊張しますが、同時にわくわくします!」
被疑者「初対面の被疑者と話すと、なにかいいことありますか」
弁護人「刑事弁護の初心に戻れます!」
● 基本事項の確認
弁護人「法テラスからの記録((国選に選任されると、勾留状が弁護人にファクスで送られてきます。ここが私選との大きな違い。私選は、自ら弁護人選任届をもらってから、勾留状謄本交付請求が必要。勾留状の被疑事実の要旨を見れば、勾留されている事件の被疑事実がわかりますが、逮捕時の被疑事実とまったく同じとは限りません。逮捕がいつなのか、逮捕の種別が何かは、勾留状には書いてないので、被疑者に確認しましょう。))によると、大麻取締法違反ですね。逮捕はいつですか」
被疑者「逮捕は、おとといでした」
弁護人「所持ですね」
被疑者「はい、1グラムの所持です。売人から買った帰りに、職務質問されて、カバンに入っていたものを見つかってしまいました」
弁護人「職務質問がきっかけの逮捕の場合、強引な所持品検査があったりすると、捜査の違法性を主張して、大麻を証拠から排除するような主張ができることもあります」
被疑者「いやあ、声を掛けられて、自分からすぐに取り出して見せちゃったんで」
弁護人「それだと、所持品検査の違法などの主張はむずかしいな。それで、所持量は1グラムですか。微量とは言い難いね」
被疑者「微量だと、何か変わりますか」
弁護人「大麻草のカスでも、所持は所持なので、逮捕、勾留はされます。でも、1回使用量に満たない0.5グラム以下だと、不起訴になることもあります」
被疑者「買ったばかりで、しっかり1グラムあったはずなんで、僕の場合は、不起訴はムリかも知れませんね」
弁護人「仕方ないね。それと、職務質問がきっかけだとすると、警察の薬物対策係の事件ですね」
被疑者「はい。警察じゃないところが扱う大麻の事件もあるんですか」
弁護人「あります。厚生労働省の地方厚生局麻薬取締部がする場合もあります。大阪では、近畿麻薬厚生局麻薬取締部、われわれは、略して『近麻(きんま)』と言ってます。近麻の場合は、勾留する留置場がないので、被疑者段階から、いきなり拘置所に行きます」
被疑者「何で、たまたま大麻を買った帰りに、職質掛けられたのか、不思議なんです」
弁護人「大麻を買って、おもわずウキウキして、挙動不審だったのかもしれませんね。ただ、大麻売買で有名な場所の近くには捜査官が張り込んでいることもあるからね。ところで、あなたは、大麻の前科は、ありますか」
被疑者「学生のときに海外でおぼえて、帰国してから興味本位で買って使っていた時に逮捕されて、懲役1年執行猶予3年になりました。それから止めていたんですけど、仕事も在宅で、なんか、昔の大麻のこと思い出しちゃって」
弁護人「なるほど。気軽に大麻の栽培((大麻栽培は、文中にもありますが、法定刑が重いです。野生に生えている大麻を見つけても、引き抜いて鉢植えにして育てたりしないように。室内でこっそり育てていても、電気代や、においで、発覚します。))を始めてしまう人もいるんですけど、あなたは、栽培はしていないんですね」
被疑者「はい、買って使うだけです」
●執行猶予付きますか
弁護人「今回の逮捕は、何年ぶりになりますか?」
被疑者「猶予期間が終わって約1年というところです。今回も、弁当つきますか((「弁当がつく」、「弁当持ち」という場合の「弁当」とは、執行猶予のことを言います。いわゆる業界用語です。「弁当持ち」とは執行猶予中のことです。執行猶予期間を終了させることを「弁当切り」と言います。但し、2022年の法改正で「弁当切り」はできなくなりました。改正法の施行日は、2025(令和7)年6月1日ですから、要注意(下村忠利著『刑事弁護人のための隠語・俗語・実務用語辞典〔第2版〕』〔現代人文社、2023年〕)))」
弁護人「刑法27条は執行猶予期間が経過したら、刑務所に行かなくていいということだけであって、有罪判決を言い渡された事実、つまり、前科は残ります。初犯でも実刑に付される人は、統計的に30~40パーセントはいます。裁判官は執行猶予を付することができるとなっているだけで、執行猶予を付するべきと法律上は決まっていません」
被疑者「じゃあ、実刑になることもありますか」
弁護人「そうですね。前刑が執行猶予で、今回1年以下の懲役、禁錮になった時に、また執行猶予が付されることもある(刑法25条2項)けど、前刑で懲役1年だと、今回は2回目っていうことで、懲役1年で納まるのは厳しいですねえ。実刑の覚悟もしてください」
被疑者「そうですか。大麻の使用や売買を合法化している国もあるのに、日本は厳しいんですね」
弁護人「そうですね。大麻は、持っているだけで違法な、いわゆる禁制品ですから、一般的に考えられているよりも、罰則は、厳しいんですよ」
●大麻使用罪が処罰されない理由
被疑者「でも、大麻の使用は、覚醒剤とかと違って、違法じゃないですよね」
弁護人「使用が処罰されない理由にはいろいろあります。その一つは、大麻の特殊な事情です。所持を禁止されているのは、大麻草の全部ではなく、『大麻草の成熟した茎及びその製品(樹脂を除く。)並びに大麻草の種子及びその製品』は除外されています。簡単に言うと、茎と実は、合法です。でも、その違法ではない成熟した茎や実を人が摂取しても、違法な部分を摂取したときと同じような反応が尿に出ることもあります。つまり、尿に大麻使用の反応があっても、それが合法な実の摂取によるのか、違法なバッズ(花穂)等の摂取によるのか、区別がつかない。そういった理由で、大麻使用罪は、一般的に処罰しないことにしているというわけです」
被疑者「へえ、大麻の実は食べられるんですか」
弁護人「七味唐辛子に入っているでしょ。麻の実と書いて、『おのみ』と読みます。但し、昨年末、大麻取締法で大きな改正があって、これまで大麻使用は犯罪でなかったのですが、施行されれば、使用も処罰されます(大麻施用〔しよう〕罪[懲役7年])」
●大麻栽培の罪
被疑者「じゃあ、七味唐辛子から麻の実だけ選んで、栽培すれば、大麻が育ちますか」
弁護人「甘いね。七味唐辛子の麻の実は、炒られているから発芽しないみたい。大麻栽培をベランダ園芸みたいに軽く考えてると、罰則が重いから、びっくりするよ」
被疑者「栽培で、どれくらいの罰則ですか」
弁護人「栽培の規模によります。大麻取締法だと、自己使用目的の栽培で、7年以下、営利目的で10年以下ですが、反復継続して『業として』栽培を行っていた場合には、麻薬特例法に訴因変更になって((筆者にも苦い経験があるが、大麻取締法の限度で処罰されると思って、認めの方針で進めていたら、栽培の規模が大きかったので、途中で麻薬特例法に訴因変更されて、裁判員裁判になって焦りました。そういう可能性も考慮に入れて、捜査段階では、慎重に対応することが重要です。))、法定刑は、無期まであります」
被疑者「ひゃー! 無期ですか」
弁護人「私の経験では、 大麻栽培の初犯で懲役10年になった人もいます。栽培については、安易に考えないことですね」
●大麻リキッド
被疑者「留置の同じ部屋に、大麻リキッドの所持で逮捕された人もいますけど、大麻草と同じですか」
弁護人「大麻取締法違反の『大麻』と言えるかどうかは、法律上は、『大麻草(カンナビス・サティバ・エル)及びその製品をいう。』と規定されているけど、わかりにくいよね。実務上は、『テトラヒドラカンナビノール(THC)』という成分と、その形状に『剛毛』等があるかどうかといった判断基準があって、科学鑑定によって、これを満たせば『大麻』として規制の対象になっています。リキッドも、鑑定の結果、大麻の要件を満たしていれば、大麻草と同じように、規制されます」
被疑者「どっちが重いですか」
弁護人「リキッドの場合、まだそれほど判例の蓄積はないけど、1回使用量に換算して比較するようですね。大麻草5キロと、リキッド5キロでは、使用するにあたって何回分か、違いますよね。」
被疑者「そのものが大麻の要件を満たさないときは、どうなりますか」
弁護人「自分では大麻だと思っていたのに、鑑定の結果、大麻じゃなかった場合、所持は大麻取締法違反じゃなくなります。覚醒剤だと信じて、粗塩を持っていたって、合法でしょ。そのかわり成分によって違反になることもあります。ただ、覚醒剤と比べて、大麻は、全国的な科学鑑定の標準化ができていないようなので、大麻事件の場合は、各弁護人がきっちり薬物性を争って((大藪大麻裁判の記事参照。))、鑑定結果だけではなく鑑定の経過・鑑定の信用性についても、明らかにするように、証拠開示を求め、場合によっては鑑定人をきっちり尋問するようにしたいですね」
被疑者「じゃあ、僕も、起訴されたら、鑑定結果を争ってもらおうかな」
●黙秘権行使の効果
弁護人「ところで、あなたは、いまの時点で、大麻所持を争っているの」
被疑者「認めた方がいいかどうか、悩んでいるので、黙秘しています」
弁護人「黙秘をすることは憲法上の権利行使なので、それだけで不利益にはなりませんが、客観的な証拠がそろっていれば、黙秘していても、客観的証拠と情況証拠から、所持の事実が推認されて、起訴はされると思います」
被疑者「供述した場合と黙秘した場合で、大きく変わることはありますか」
弁護人「供述して認めれば、起訴されてすぐに保釈が許可されることが多いですね。会社員なら、早く会社に戻れる。バイトも休まなくていい。黙秘だと、ある程度裁判が進んだあとでないと保釈が認められにくいという違いはあります。もちろん黙秘すると保釈が許可されないというのは悪しき実務です」
被疑者「保釈金の目途がつかないから、保釈は、あまり考えていません。保釈以外に、何か変わることありますか」
弁護人「所持を認める供述をすれば、どこから買ったのか、いつから買っているか、これまで何回使ったことがあるかなど、細かいことを聞かれます」
被疑者「今回大麻を買ったのが知り合いの知り合いだから、言いにくいんですよね。迷惑を掛けたくないし。他人を巻き込むような調書を作りたくないし」
弁護人「それなら、捜査段階は黙秘で、起訴されてから証拠を見て、公判になってから、認めて供述するか、そのまま黙秘で行くか、決めてもいいと思いますよ」
被疑者「そうですか! では、その方針で行きます」
弁護人「ほとんどの人は、逮捕されたらすぐに認めると思いますが、あなたは逮捕されてから私が来るまで約2日間、黙秘を続けるなんて、根性ありますね」
被疑者「むかし、初めて逮捕されたときの弁護人から、迷ったら黙秘するようにと言われたのを思い出して、黙秘を続けています」
弁護人「初心忘るべからず、ですね。それはいい弁護人だなあ。黙秘は、精神的につらいと思いますので、できる限り毎日接見に来ます((被疑者に黙秘をすすめるだけで、接見に行かない弁護人がいますが、これは大きな間違いです。人間は目の前の人とコミュニケーションをしたいものなので、取調官に黙秘すること自体、被疑者にとっては非常に苦痛です。したがって、そんな被疑者のためには、できる限り毎日接見に行って、その日の取調べの様子を聞いたり、家族や恋人との連絡の仲介をしたりして、被疑者を励ましましょう。))ので、頑張りましょうね!」
被疑者「がんばります!」
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(2024年03月28日公開)