8 日本の刑事司法で改革すべき点
―― 先ほどの証拠開示のデジタル化の問題もそうですが、現在の日本の刑事司法の中で、山本さんが、一番問題がある、ここは改善したほうがいいというのはどの点でしょうか。
山本 1つ挙げれば、検事控訴ですね。たとえば八海事件は第3次上告審まで審理され、18年かかりました。たとえ無罪になっても人生が破壊されてしまいますね。私のイメージで言うと、刑事手続というのは、国が持っている無尽蔵な資源を一個人に向けて寄せ集めてくる手続ですので、虫眼鏡を持ってきて、1カ所に太陽の光を集めるような作業です。手続をやっているだけで人間は焼き尽くされてしまいます。
「二重の危険」という話を始めたら、判決が確定するまでが1個の危険だとか、形式論では何とでも言えますが、生身の人間の壊れやすさということを、もう少し考える必要があるのではないでしょうか。
検事控訴の存在が、1審の裁判官が無罪判決を出す妨げになるということも言われています。仮に無罪の心証をとっても、「これが上で破棄されないか?」ということまで考えないと、無罪判決が書けないということです。
―― 捜査段階で改革するべきことはありますか。
山本 プログラム関連の言葉で、「透明性」とか「開示性」という言い方があります。ユーザーなり、プログラムを書く人から見て何が起きているか分かりやすく、異常が起きたら教えてくれたり、今どんな状態にあるか伝えてくれるという性質があると、「透明性や開示性があってよいプログラムだ」ということになります。
捜査というのは、その対極にあります。勾留理由開示手続が機能していないのも有名な話です。
例えば早い段階で何らかの資料の開示が受けられたら、それを基に調査をして、こちらで無実の証拠を見つけることも起こり得ます。そこまでいかなくとも、大事な資料をあらかじめ調査しておくことができてもおかしくありませんが、開示性が全然ないために、それができません。
警察、検察、裁判所の中で手続が回っており、基本的にそこで何が起きているかを教えてくれない、または知るのが大変です。これは結局、被疑者や弁護人に主体性を認めていないということになります。そこは構造的な問題だと思います。
―― 司法制度改革の頃で、特に裁判員裁判の導入が決まった辺りで、「刑事裁判は専門的にやらないとなかなか対応できない」と言われましたが、そうすると、刑事弁護自体がかなり高度化、専門化しなければならないとお考えですか。
山本 たとえば反対尋問には高度な技術が必要です。そういう意味では、専門性はもともと必要なものでした。
それが裁判員裁判ということになると、裁判員向けに振る舞うこととか、公判前整理手続という特別な手続を上手に乗り切るとか、より特殊な技術が要求され始めました。一定水準に達しないとまともに弁護できないという意味で、門前払い的な形で、専門性が要求されてきていると思います。そこは事実として否定できないと思います。
ただ、特殊な根性や負担を要求される構造には問題があると感じます。「200万円用意して、証拠の紙をコピーする」というのは、そのよい例です。
こういう障壁を除いて、純粋に力を注ぐべき、能力を求められるべきところで能力が発揮されるというのが正常な形なのではないかと思います。
9 「弁護革命」について
――最後になりましたが、刑事弁護で今後力を入れたいところは、どこでしょうか。PDFなどの文書ファイルを、高速かつ自在に整理・検索・共有できるソフトウェアである「弁護革命」を開発されて、Web上で公開されていますが、そのことも含めてお願いします。
山本 姫路の裁判員裁判では開示証拠が15万枚ほどありました。その大量の記録を整理して活用するというところから始まっています。これは要するに弁護の生産性の問題です。弁護活動が非生産的だった場合、それによって依頼人が不利益を受けますので、これは単に能率ではなく人権問題の一種です。
たとえば弁護団会議で議論をするという場面があります。この日のこの時刻の天気はどうだったのかとか、この問題は誰がどう供述していたとか、この人の調書はそもそも何通あったか、みたいなことがよく議論の対象になります。誰かが問題提起をしたら、「えーっと」と言って、みんなで記録をめくったり、パソコンに入っているPDFファイルをあちこち探したりする、そしてあっという間に5分経過というようなことが、私の知る限りあちこちの弁護団で起きていました。
分量が少ないときはそれでもまだどうにかなりましたが、姫路の分量になると本当に物理的に成り立たないレベルに近づいてきました。
それを何とかしたいということで、既存ソフトウェアに簡単なプログラムを組み込むような試行錯誤をしばらくしていました。2018年4月から姫路で公判が始まるという段になって、もっと高度な活用性のあるものを準備しないと、とてもじゃないが公判がまわらないなと。
それで、本腰を入れて、一からプログラムを書いて、完全にオリジナルのソフトを作って準備しました。それが弁護革命のプロトタイプです。
弁護活動の生産性(=依頼人の利益)という点でも、刑事裁判のIT化との関係でも、電子データの活用性を高めることは今後一層重要になっていくと思います。
――「弁護革命」は、証拠を整理したり活用するために使うということですか。
山本 証拠でも、主張書面でも、文献でも、簡単に言えばなんでも入ります。民事事件で使っておられる方のほうが、数としては既に多いですね。弁護士会の委員会の資料を入れている方もおられますし、汎用性の高いソフトです。セキュリティ面でも独自の強みを持っているので、クラウド利用に慎重な方も関心を持たれます。
弁護活動に本当にちゃんと使えるものにするというところが出発点なので、実用的なんだと思います。大事な事件の助けになると嬉しいですね。
――ありがとうございます。
(2021年09月17日公開)