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第21回

声をあげた田中先生と訴訟をめぐるストーリー

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「次の世代へ向け教育現場の働き方を変えなければいけない」

取材・文/原口侑子(Yuko Haraguchi)

撮影/神宮巨樹(Ooki Jingu)

編集/杜多真衣(Mai Toda)


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「公立の学校教員は激務です。非常に長い時間外勤務がある。それなのに、労働者としての権利が認められていない。残業代も出ない。こんな状況は、私たちの世代で終わりにしないといけないと思ったんです」

 そう語るのは、38年間、埼玉県内の公立小学校の教員を務めた田中まさお教諭(仮名)。定年退職した後、再任用教員として現在も教壇に立ちながら、「超過勤務裁判」を戦っている。

海外と比較しても長い教員の勤務時間

 「私は、定年退職の前の1年間、勤務時間のメモを取っていました。すると勤務時間は1日12時間に及んでいました。そしてそんな状態だったのは、私だけではなかった」

 条例に定められた埼玉県の公立学校教員の「定時」は、月曜日から金曜日の8時半から17時。うち休憩が45分なので、1日あたり7時間45分である。1週間で38時間45分。

 しかし、38時間45分勤務で仕事を上がることができる教員は、埼玉県のみならず日本全国でどれほどいるのだろうか。2016年の文部科学省の調査では、公立学校教員たちの1週間の勤務時間は、小学校で57時間20分、中学校で63時間20分に及んでいる。

 海外と比較しても、日本の教員の1週間当たりの平均の勤務時間は、2013年の時点でOECD諸国(34か国)の中で最長だ(TALIS報告書)。文部科学省も、「過労死ラインの週80時間を超えて働いている教員は、小学校教員の約3割、中学校教員の約6割」と「教員勤務実態調査」で指摘している。

 「毎年5,000人以上の教員が、精神的な影響で休職に追い込まれている。文部科学省が把握しているだけでも、この10年間で60人以上の過労死も出ています」田中先生は言う。

訴訟に踏み切るまで

 「もし民間企業であれば、この労働時間は、労働基準監督署が介入したり、労務管理者が責任を問われたりする数字です。だけど、教員の世界では誰も歯止めをかけられていない」

 「私は、労基監督署にも相談し、教育委員会にも、市の公平委員会(地方自治体の行政委員会)にも訴えに行きました。それでも、何の是正措置もなかった」

 田中先生が決心したのは、定年退職の1年ほど前だった。

 「裁判にするしかないと思った。こんな超過勤務が生じていることを、それに対して何の手当もないことも、38年教員として働いてきた私が、問題提起しないといけないと思った」

 「自分自身のけじめでもありました。私の教員生活最後のお務めだ。そう思って、一人で戦おうと思いました。そして、若生(わこう)弁護士に相談に行ったんです。無我夢中でした」

 越谷市に事務所を構える若生直樹弁護士は、これまでも労働事件を多く手掛けてきた。「その日はちょうど土曜日でした。土曜日に開いている法律事務所が少ない中で、私は事務所を開けていて、そこに田中先生が相談に来られた」そう若生弁護士は振り返る。

 「私も、もともと教員の超過勤務の問題は知っていましたし、ずっと問題意識も持っていました」

若生直樹弁護士は、これまでも労働事件を多く手掛けてきた

これは労働者すべての問題だ

 「公立教員の『時間外勤務』は、ないものとされている。その背景には、公立学校の教員に適用される『給特法』という法律(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)があります」若生弁護士が説明する。

 給特法は、1971年に「公立教員の一般業務は、時間内に処理する」という建前で制定された。この建前のもとで、「教員に対して時間外勤務を命じることができる場合」を4つの項目(①実習、②行事、③職員会議、④非常災害など緊急の処置)のみに限定する。その上で、4項目に対する時間外勤務手当・休日勤務手当を支給しない代わりに、基本給の4%を「教職調整額」として支給する。

 「しかし、これほど時間外勤務が長い現状がありながら、『教員の仕事は勤務時間内に処理する』という建前が、実態と乖離しています」

 「この問題は、本来、労働法の問題なのです」

 『労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない』(労働基準法1条)

 労働者としての権利は、人が人間らしく生きるための人権だ。

 「給特法は、建前上、4項目以外の業務について『時間外勤務が必要な場合』を規定していない。なので、時間外勤務については本来、労働基準法上の『労働』として、時間外勤務の協定を結び、残業代を支払う必要がある(労働基準法32条、36条、37条)。なのに、今までそれがされていなかった」

 時間外勤務の実態について問題提起し、公立学校の教員にも労働者としての権利保障を求めよう。残業代が支給されていないことも問題提起しよう──そう田中先生と若生弁護士は話し合った。

 「この訴訟は、全国に何万人もいる公立教員すべての働き方に対する問題提起です。そして同時に、教員以外の労働者に対しても、今の働き方は妥当か? と考えるきっかけになる裁判です」

 こうして、田中先生と若生弁護士の戦いが始まった。

 「ですが、この問題については、『時間外勤務であっても、教員の自主的・自発的労働と評価できる場合は法律違反ではない』という裁判例がすでにあった。法律的にも一筋縄ではいかない問題だということは、分かっていました」

 「では、現場の教員は、業務を『自主的・自発的』に判断して取捨選択できるのでしょうか?」

長い教員の1日

 教員の1日は長い。

 「条例に始業は8時半と書いてあっても、出勤するのは毎日、7時30分です」話すのは田中先生だ。「配布物の確認や準備をし、電話連絡を受けているうちに、児童が登校する7時50分になります。体育部の教員はこの時間で朝のライン引きをする」

 その後、朝マラソン、朝会、朝自習・朝読書と、息をつく暇もないまま、8時50分から教員は授業を開始する。そこから昼休みまではノンストップだ。休憩時間も教員は、ドリルのチェックや連絡帳の確認、授業準備や登校渋りの子の指導などで忙殺され、休憩を取ることはほぼ不可能という。

 昼は給食指導や掃除の指導。午後の授業が終わった後も、児童の下校時刻16時までは下校確認や指導で忙しい。

 結局、教員に課された事務作業のほとんどは、児童が帰った放課後にやらざるを得ない。放課後も、職員会議などの打ち合わせに参加しているうちに、「定時」の17時になり、教員はこの時間帯から仕事を行う。

 その中には、教室の整理や掃除、掲示物や学級だよりなどの資料の作成、テスト・ドリルの採点やパトロールなど、授業準備以外の事務作業が数多く含まれている。

 「そしてこれは、通常の1日です。学期末や年度末になると、通知表や指導要録を作らないといけないので、もっと忙しい。通知表の作成は40人で40時間かかりますし、指導要録の作成は40人で80時間かかる。休日出勤も必要になります」と田中先生。

 こうした日々のスケジュールは、なにも田中先生の勤務先に限られたことではない。全国の小学校で、同じように長時間勤務を行わざるを得ない教員は多い。

(2022年05月13日) CALL4より転載

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