転機が訪れる
「そんな矢先、私の父がガンの宣告をされました」とこうすけさんは続ける。
「それでいよいよ長くないと分かったときにカミングアウトを決意した。昔の私だったら言わなかったかもしれない。でも、まさひろさんと出会って、性的指向で差別されないという経験をさせてもらって、自分という人間に自信が持てるようになった」
「今はまさひろさんというパートナーがいて幸せだよ、と父に話した。すでに声を出せなくなっていた父は、ぎゅっと手を握ってくれました」
こうすけさんのお父さんは、それからほどなくして亡くなった。
こうすけさんのお父さんの闘病や相続をきっかけに「自分たちの将来のこともすごく考えるようになった」とふたりは声を合わせる。
「お互いを守るために、家を買おう、生命保険や自動車保険に入ろう、と考え始めました」
ところがいざ手続をしようとするとたくさんの壁が立ちはだかった。家を買うにも結婚していないふたりは共同のローンを組めない。自動車保険も、配偶者特約の付いた保険に入ろうと30社当たって、同性カップルで入れると分かったのは2社だけだった。
「私たちはパートナーシップ宣誓もして、これで福岡市の認めてくれた『ふうふ』だと思っていたのに」と当時を振り返るのはまさひろさん。
「選択肢は少ないし、手続のたびに関係を説明するのもしんどかった。パートナーシップ制度だけでは足りないのだとそのとき痛感しました。結局、ローンは不動産業に勤める友人の協力で、保険は私たちのことを知っている共通の友人が署名をしてくれて、ある程度何とかなりましたが、私たちはラッキーだったから乗り越えられただけで、そうじゃない人の方が多いよねという気持ちが残りました」
パートナーシップ宣誓をしたカップルも、一方が福岡市から転居したら、転居先の自治体が相互協定を結んでいない限り、証明を返還しないといけない。そもそもパートナーシップ制度を持たない自治体のほうが多い。
「同性婚訴訟の全国一斉提訴を耳にしたのはちょうどそのころでした」
提訴まで
「他人事じゃないと思った」というこうすけさん。
「ちょうど、ローンや保険の手続きで悪戦苦闘していて、これをあたりまえにできないのはやっぱりおかしいと思っていたとき。私たちと同じ思いを将来の子たちもすることになるし、あきらめてしまう人もいるかもしれない。現実に困っている私たちが訴訟を起こすことで誰かが勇気づけられるなら、訴訟に参加したいという気持ちが大きくなっていきました」
「ただ、私はずっとクローゼットで、職場や友人にもカミングアウトしていなかったから、訴訟に出るべきか、顔を出すべきか、数カ月悩みました」
「でも、どれほど私たちが困っていても、声をあげないと制度にもならないと思った。私たち当事者がプライベートな部分を丁寧に伝えていくことで、声をあげるハードルや実態を変えるハードルが下がるといいよねと、ふたりで話していくうちに少しずつ決意が固まっていきました」
7月にふたりは婚姻届を提出し、不受理の見通しを受けて提訴に踏み切る。
「そのとき記者会見をしました。はじめて公にオープンにした瞬間でした。その夜は眠れなかった。でも、翌日職場に行くと、『がんばったね』『応援してるよ』『パートナーシップ宣誓制度は結婚とは違うんだね』と、たくさんの言葉をもらいました」とこうすけさん。
「社会って変わってきたんだと思うとともに、30年間ずっと隠していたのは何だったんだろうなという気持ちにもなりました。偽って人生を生きる労力を、もっと別なことに向けられればよかった」
「私は周りの理解があり、カミングアウトをしても、みんながひとつの個性として受け止めてくれました。でも、そもそもカミングアウトなんてしなくてもいいという世の中になればいいと思うんです」
ふたりの訴訟はまだ始まったばかりだ。
過渡期に思うこと
「訴訟を起こした後も、生活自体は変わらない」というのはまさひろさんだ。
「提訴後に両家の顔合わせをしました。私の家族もこうすけさんの家族もとても喜んでいました。でも同時に、法的関係がないことに心配もしています」
「結婚の制度が変わると、とまどいをおぼえる人もいるかもしれない。でも、私たちは特権がほしいんじゃない。今まで得られていなかったものがほしいだけなんです」
「つい最近、福岡のレインボープライドを手伝った。そこには本当にたくさんの人が来ていました。若い子も多いし、家族連れ、赤ちゃん連れもいる。男女のカップルもいる。同性どうしのカップルなんだろうなと思う人たちが何組も歩いていたりもして。マイノリティーって言われてるけど、めっちゃいっぱいいるやん! と思いました」
「そのときに、これ理想だな、と思ったんです。いろんな人がいて、誰に干渉するでもなく、みんなで同じ空間を共有している。毎日そうなれば一番いいのにって」
「私たち自身も、そこですごくいろんなことに気づいた。たとえば男性向けの30cmのハイヒールが売っているのを見て、自分たちの知らない世界がいっぱいあると思った。ほんと、いろんな生き方がある。その中には選べないものもあって、でもどんな人でもそれは尊重されないといけない」
「LGBTの代表として訴訟に出ているという気持ちはないんです。私たちはゲイのことしか分からない。トランスジェンダーの人やレズビアンの人特有の問題もあるし、ひとりひとりかかえる悩みも違う」ふたりは声をそろえる。
「LGBTとひとくくりにされるけど、いろんな人がいて、いろんな意見があります。同性婚にも賛否両論ある。でも私たちが1カップルとして思うのは、ありのまま生きたいし、次の時代の子供たちにもありのまま生きてほしいということ」
「これは本当に、社会全体の問題なんだと思うんです」
バイアスに気づく
取材後に筆者と取材チームは、東京や福岡の飲み屋の話をしながらふたりを見送った。「まっすぐで自然体で仲良しのカップル」というふたりの印象は変わらなかったが、ふたりが同性カップルであることは、ふたりの人格の一部でしかないんだなと、そのときにふと思った。
筆者はもう緊張していなかった。そして、以前の取材でガチガチに緊張していたのは、「知らなかった」から、「知らないこと」「特別なこと」を聞きに行くと思っていたからだったと気づいた。
「社会の受容のしかたが違う」と線引きしていた自分の中のバイアスに、取材を通じて気づいたのだった。
「ふたりが一緒に過ごすことが、ふたりのあいだだけでなく、社会の中でもあたりまえになるのがいい」という1年前の考えは、それ自体はそうだと筆者は今でも思っている。
「あたりまえ」になることには意味がある。「カミングアウトなんて要らない世界」は、社会が目指すところそのものでもある。
でも、今はまだ「あたりまえ」になっていない時代で、日常の中で苦しんでいる人も、困っている人もいる。困っていると言うこともできない人もいる。その苦悩に無自覚にただ「あたりまえに扱う」ことで、彼ら彼女らの苦悩をないものにできるわけじゃない。
「あたりまえじゃない」時代を知る私たちはこれから、「あたりまえ」時代への過渡期を生きていく。バイアスも含めて自分の内側にある感覚に気づくこと、向き合うこと、それは自分の外側にある世界と向き合うことそのものなのかもしれない。
「これは本当に、この時代を生きる私たちすべての問題なのだ」。ふたりの言葉が耳に残る。
(2021年07月02日) CALL4より転載