都内中心部の雑踏に佇む、コーヒーショップ。安田菜津紀(やすだ・なつき)さんは、待ち合わせの5分前に、朗らかな笑顔で取材陣の元に現れた。
「日が暮れる前に、写真、撮っちゃいましょうか」カメラの前にすっと立つ。
東南アジアやアフリカの貧困、中東の難民問題、東日本大震災後の陸前高田の姿などを、現地に取材し、多くの人に気付きのきっかけを届けている、フォトジャーナリスト。そんな肩書きを持つ彼女の、あまりに構えず自然体な人柄に、彼女の作品同様、私たちの心は一気に引き込まれた。
CALL4のことは、SNS経由で偶然に知ったのだという。
「難民支援協会の広報の方のSNSで流れてきて。元々、カメルーンの方の事件を知識としては知っていましたし、その3カ月程前の2018年11月にも、ちょうど弁護士さんと一緒に、牛久にある入管(入国管理局)に、収容者の方の取材に行っていたんですね」
地獄と呼ばれる場所
「その年の5月、難民認定申請中に収容されてしまった、トルコ出身のクルド人男性をインタビューしていたんです」
そう話して、安田さんはプラスチック製のストローを断り、アイスティーを直接グラスから口にした。
「そして翌2月の記事公開とほぼ同時期に、カメルーン人男性の死亡事件を担当する弁護士、児玉さんのストーリー記事をCALL4で読んで、寄付しました。twitterでもシェアして支援を呼び掛けたんだったと思います」
私たちがお礼を伝えると、安田さんは「ささやかではありますが」と言い、話を続けた。
「私の取材したクルド人男性は、日本に難民申請をしてやって来て、日本人のパートナーと出会って結婚。奥さんは妊娠中だったのですけど、強制収容されてしまって。6カ月強の長期収容を終える時にお会いしたんです」
その時に、彼にこう告げられたのだという。
「自分は、日本が凄く好きだ。そして、日本で出会ってきた方が大好きだ」
「ただ、入国者収容所だけが、自分にとって地獄だった」
安田さんは目を開いて、まっすぐにこちらを見た。入管という密室で起きていることを、我々日本に住む人のほとんどは知らない。何が起きていて、収容されている人々は何を感じているのか。情報が表に出てくることは、ほとんどない。
「知らないままにしておくと、力を持っている側のやりたい放題になってしまう、というような言い方を彼はしていました」
「自分は仮放免されたから赤ちゃんに会えた。けれども出産直前に収容され、赤ちゃんにまだ触れられてもいない収容者も、まだ牛久に残っている。その状況を改善するには、知ってもらうしかないんだ。そう話す彼のその言葉が、まだ胸に残っていたんです」
2014年3月30日、その茨城県牛久市の入国者収容所において、収容中のカメルーン人男性が「I’m dying(死にそうだ)」と胸の痛みを訴え、ベッドから転倒して転げ回っているのを入管職員が監視しながら、「異常なし」として7時間放置し、死に至らせた事件。遺族である男性の母により、2017年9月に賠償請求訴訟が提起された。
「本来は国が責任を持って管理する施設で、ああいう亡くなり方をすること自体が異常だと思うので、私たちはまずは知らなくてはいけない」
「そして私には裁判の専門知識はなくても、今、裁判に向き合っている弁護士さんなり、当事者のご遺族の方々なり、またご遺族を支えている方々を、寄付で少しでも支えることは出来るんじゃないか。そう思いました」
自分の役割と分担
初夏の夕暮れ、既にアイスティーの氷は解け、グラスを曇らせていた。私は聞いた。
──安田さんの周囲には、難民の悲惨な話も多く、ご自身、それを変えていく活動を懸命にされている。そうすると、他の方を応援している場合じゃない、とはならないんでしょうか?
すると安田さんは思いもかけない、という表情で「やっぱり問題と向き合えば向き合うほど、自分に出来ないことも、ありありと見えてきますよね」と言葉を返した。
「例えば紛争の現場を取材していても、私は医者ではないので怪我人の治療はできない。バリケードも撤去出来ない。いくら私がシャッターを切っても、現地の人々はそこから抜けられない」
「そういう意味では、自分には出来ないことだらけ。でも自分に出来ないことをやってくださる専門家の方と、手を携えることは出来るって思うんです」
今回のカメルーン人男性の訴訟に関しても、「お金を寄付するだけでいいのか、と躊躇される方も沢山いると思いますが……」と、前置きしながら続ける。
「けれども、色んな支援の現場で、やっぱり資金がどれだけ支えになるかを、私は見させてもらってきたので」
「例えば、難民支援の現場に、何か一生懸命に物資を送ろうとするより、その現場にいる人たちで何が必要か判断して、購入できる資金があった方が、現場の人々をより助ける支援になりますよね」
「寄付だけでいいの? と思う方々には、自分の経験を生かして、『それは役に立ちます』と堂々と伝えていきたい。現場で支援されている方を、そんな風に支えることも出来るんだって、知ってほしいんです」
(2021年06月04日) CALL4より転載