「今は日常のあらゆるところに足跡が残る時代です」と話す三木由希子さん。
「監視社会と言われるようになって久しい。名前に紐づいた痕跡は、スマホからもICカードからも取られています。どういう個人情報が、どこでどう取り込まれ、どう使われているのか、私たちには分からない」
警察庁が保有する個人情報ファイルの開示を求めるという訴訟の話を聞くことになった。話を聞くために向かったのは、特定非営利活動法人・情報公開クリアリングハウス。
1980年に「情報公開法を求める市民運動」として発足したクリアリングハウスは、情報公開、公文書の管理、個人情報保護といった情報と市民の関係にかかわる制度づくりを、公益社団法人自由人権協会(JCLU)とともに続けてきた。理事長を務めるのが三木さんだ。
情報公開制度にもそのほかの情報関係の制度にもなじみのない筆者は、当初、この訴訟は何のためなのだろうかと思った。
たしかに「監視社会」に対する漠然とした怖さは抱いているが、自分の情報がどう使われるかがあまりにブラックボックスであるがゆえに、「監視社会」の結果がどうなるかをイメージしづらかったからだ。
そんな筆者に、「行政機関の情報収集に関していえば、犯罪捜査のために近隣住民の情報を収集すれば、それが蓄積されていきます」と三木さんは説明する。
「それだけでなく、たとえばイスラム教を信仰している、歴史のあるNPOに所属しているというような特定の属性であることで、知らないうちに監視対象になっていることもある。もしかしたら自分の情報も取られているかもしれない」
三木さんの話を聞くうちにあきらかになってきたのは、公権力の管理する情報をめぐって緊張関係を維持することで、市民が行政活動に対するコントロールの機能を果たしてきたという、情報制度をめぐる闘いの歴史だった。
情報公開訴訟/黒塗りの情報、その何が問題なのか
今回の裁判で三木さんが争っているのは、警察庁が保有する個人情報ファイル簿のタイトルなどを明らかにすること(中身ではない)。
「警察庁は、私たちの個人情報について、どういった内容のものを、どの程度集めているのでしょうか」と三木さん。
「法律(行政機関個人情報保護法)にもとづいて、私たち一般市民には、どういう情報が集まっているのかを知る権利があります」と説明する。
「2015年に開示を求めたところ、最初はファイルのタイトルから何から全てが黒塗りされた120以上の書類が返ってきました」
三木さんは、黒い紙で覆われた資料を示しながら、「黒塗りといっても最近の黒塗りは、マジックで塗らないですよ。これ全部塗っていたらシンナー酔いしちゃいますよね」と笑う。
黒塗りのファイル簿の何が問題なのだろうか。
「警察の役割を否定する人はいません。ここで問題になっているのは、捜査のような公の機関の活動をどのように健全にしていくかという話です」と三木さん。
「どのような種類の個人情報が、どの組織で、どれほどの期間、どのような目的で収集され、使われているか。それを明らかにして、私たち一般市民の議論の対象にしないといけない。ファイル簿はこれらを登録しているものです。こういった情報の公開がないと、人権との抵触が懸念される刑事司法のような分野は、特に個別ケースの情報公開が難しいので、公的機関がどう動いているかをチェックする機会がなくなってしまうことになります」
訴訟を通じて、行政の保有する情報の適切な利用をめざす。
黒塗りファイルが訴訟に至るまでの経緯はこうだ。
「その後2018年に、こんどは『DNA型データベースに関する個人情報ファイル簿』とか、『登録指紋のデータベースに関する個人情報ファイル簿』などとファイルの対象を特定して開示を求めたところ、18のファイル簿が一部開示されました。このときには、タイトルや担当部署、集められている情報の種類なども黒塗りとはならなかったのです」
「この18件のファイル簿は、先ほどの122件のファイル簿の一部です。つまり、まとめて請求すると黒塗りされるのに、ファイルを特定すると黒塗りされずに開示されるものがあるということがわかりました。そこで、122件の開示されなかったファイル簿の不開示を争うことにしました」
警察庁は、黒塗り部分について、「国の安全が害されるおそれがある」「犯罪捜査に支障を及ぼすおそれがある」と主張している。
18件のファイル簿がほとんど開示されたことで、本当は開示して問題がない情報であっても、機械的に黒塗りにしているのではないか、抽象的な「おそれ」にもとづいた恣意的な不開示となっているのではないかと三木さんは考える。
情報公開にかかわる訴訟は、現在、この訴訟のほかにも3件が進行中だ。
「以前は同じ情報公開訴訟でも公文書の管理の問題に関わるケース中心でしたが、この3、4年は外交・安全保障や、公共安全に関する情報の不開示を選んで情報公開訴訟にしています」と三木さん。オフィスの書棚には、1970年代から蓄積されたたくさんの書類が所せましと並んでいる。
「根底にある考えは変わりません。公文書はみんなのものであり、市民の知る権利は保障されるべきということ。行政の実態をきちんと知ることで、公の権力に対する民主的コントロールを果たそうとしているのです」
それがなぜ大事なのか? に対する答えを、三木さんは丁寧に話してくれた。
(2021年04月23日) CALL4より転載