事案の概要
1 本件は、被告人であるH氏が、法定の除外事由なく、2024(令6)年7月頃、日本国内の場所不詳において覚醒剤を使用したというものである。なお、H氏には前科等一切ない。公訴事実に争いはなく、争点は量刑(自首の成否等)であった。
2 H氏は2023(令5)年秋頃からA氏という男性と交際していたが、H氏は、A氏との交際を始めた直後、A氏に勧められ、覚醒剤を使用してしまった。なお、A氏には覚醒剤使用の前科が複数あり、覚醒剤の購入にあたっては専らA氏の知り合いである売人を通していたとのことである。
H氏は、自身の覚醒剤の使用頻度が日を追うごとに増えていくことに危機感を覚えていた。そのようななか、H氏は些細なきっかけからA氏と喧嘩になり、H氏は半ば自暴自棄になって、覚醒剤の使用につき自首しようと考え始めた。そして、H氏はその場で警察に通報し、臨場した警察官に対して覚醒剤の自己使用の事実を自ら申告した。
H氏はその後、警察署に連行され、簡易尿検査を行ったが、結果が陰性となったため、その場では逮捕されず自宅に帰された。H氏は、身元引受人である父と共に警察署を出た後、一度交際相手の自宅に戻り、自身の荷物の一部を持って、父が待つ実家に帰った。H氏は実家で数日ほど過ごしていたが、後日実家にて通常逮捕された。
取調べ拒否の弁護実践の内容と結果
1 捜査段階
⑴ 初回接見で取調べ拒否を指示
勾留決定に伴い、当職が被疑者国選弁護人として選任され、当日中に接見に向かった。
H氏に対しては、既に検察官による弁解録取はなされており、覚醒剤の使用については認める旨の弁解録取書が作成されていたが、勾留初日の取調べではまだ供述調書は作成されていなかった。H氏は、人生初の逮捕・勾留であったこと、もともと精神的に不安定な側面があったこと、取調べのなかで交際相手につき何度も聞かれ続けたことから、精神的に疲弊しきっていた。というのも、同棲していたA氏は、H氏が警察に通報した時点で、自身の犯行が発覚することを恐れ、H氏を残して一人で逃亡していたため、H氏としてもA氏の動向を掴めておらず、A氏の逮捕に繋がるようなことを話したくなかったのである。
当職は、H氏の話を聞いたうえで、(A氏と縁を切るべきではないかという点は一旦置き)話したくないことがもしあるのであれば、今後の取調べを全て拒否するよう助言した。具体的には、まず取調べに呼ばれたとしても、「行きません」と一言だけ発して房から一切出ないようにすること、仮に無理やり連行されそうになった場合は、無理に暴れたりせず取調室に入り、一切黙秘することを勧めた。
H氏は、「取調べを拒否する」という発想自体がなかったようであり、本当に拒否して良いのかどうか不安そうな様子であった。しかし、当職から、取調べ拒否のメリットや、拒否することによるデメリットの乏しさについて、RAISが作成・公開しているマニュアルに沿ってできる限り丁寧に説明した(逆に言えば、マニュアル以上の説明はしていないと言って差し支えない)。これにより、H氏の疑問や不安は無事に払拭することができたようであり、「先生がそう言うならやってみます。次から取調べは拒否します」と決心した様子であった。
⑵ 関係各所に通告書を送付
初回接見の翌日、当職から検察庁・警察署に対し、今後の取調べを全て拒否する旨の通告書をFAXにて送信した。検察庁からは特に連絡は来なかったが、警察署の留置管理課は、「取調べのために呼び出しを行うことはこちらも義務であり、通告書を受け取ったからといってしないわけにはいかない。取調べを受けるよう本人に伝えないわけにはいかない。それに、最高裁判例[1]においては取調べ受忍義務が認められている」旨の連絡を入れてきた。こちらからは、「立場上そちらがそう考えるのは理解するが、こちらは取調べ受忍義務が判例において認められるという理解には立っていない」とだけ伝え、早々に電話を終了した。この電話を受けた日の接見では、念のため「警察官は『取調べ受忍義務がある』だの何だのと言ってくるかもしれないが、気にせず拒否を続けるように。何かあればすぐ接見要請を出して欲しい」と伝え、あくまで取調べを拒否する姿勢を貫くことを確認した。
⑶ 検事調べの不実施・勾留延長なく公判請求
通告書を送付した後は、取調べを拒否できているかどうかを確認するため、こまめに接見に行き、状況を逐一確認した。初めて拒否の意思を伝えた際は、取調べに応じるよう房の外から何度か説得を受けたものの、次第に説得自体がなされないようになり、最終的には検察官による取調べも拒否できたとのことであった。H氏は弁護人選任後、警察官による取調べを受けることはなかったうえ、検察官による取調べについても、呼び出しこそあったものの拒否を貫いたことで、結局実施されることはなかった。
他方で、検察官調書が作成されていないことで、検察官から勾留延長請求がなされ、裁判所も容易にそれを認めるのではないかと考え、延長請求に対する意見書の準備を進めていた。
しかし、予想に反してH氏に対する勾留延長請求はなされず、勾留10日目で公判請求がなされた。この点については、発覚の経緯がH氏自身による自首であったこと、尿検査の結果が陽性であり、客観証拠については既に収集が完了していたことから、当然の結果のようにも思われる。しかし、供述調書が作成されていないことを理由に漫然と勾留延長がなされる可能性もそれなりにあり得たのではないかと考えると、不当な引き延ばしがなされずに済んだことは幸いであった。
2 公判段階
⑴ 保釈に関するやりとり
当職は、上記意見書を流用し、保釈請求書を早々にまとめて裁判所に提出した。翌日、検察官からの意見書が提出されるのを待って裁判官面談を行ったが、検察官の意見は「不相当却下」とのことであった。
検察官の意見は、当初は本件について取調べ拒否を認めていたものの、その後は取調べ拒否に転じたことを指摘したうえで、H氏が公判において覚醒剤使用の故意を争うなどする可能性が認められるとのことであった。そもそも、検察官は供述調書なしでも立証は可能と考えたからこそ起訴しているはずだが、仮にその点をおくとしても、故意否認の主張を行うか否かが保釈の有無にどう影響するのか不明であるし、発覚の経緯は自首であり、警察官作成の捜査復命書にも自首した旨の記載がなされていることからも、故意について争う余地がない(無論H氏もそもそも争う気がない)事案であることから、検察官の主張は一見して合理性に欠けるものであった。裁判官も検察官の主張を重視している様子はなかったが、念のため取調べ拒否(黙秘権の行使)を理由に保釈を認めないことは許されない旨を改めて指摘したところ、無事に保釈請求は認容された(なお、保釈金についても特段高額に設定されることもなく、ごく一般的な金額であった)。取調べ拒否の方針を採ったことで、保釈請求に関しては難航するかもしれないと考えていたため、保釈請求がすぐ認容されたのは良い意味で想定外であった。
⑵ 公判
その後は、一般的な覚醒剤自己使用の認め事件として滞りなく進行した。
H氏の両親の手厚い支援により、保釈後直ちに薬物依存の専門的な治療を複数回受診できたこと、自らも情状証人として厳しく監督すると誓約したこと、自首の成立も認められたことなどの理由から、本件においては懲役1年4月・執行猶予3年の判決が言い渡された。
まとめ
本件は、「取調べ拒否によって公判請求を回避できた」などと目覚ましい成果を得られたわけではない。誤解を恐れずに言えば、本件は多くの弁護士が一度は経験する「よくある」類の事案であったと当職は考えている。保釈請求が認容されたことについても、従来どおり取調べに応じていた場合、起訴直後の保釈が認められない方がむしろ珍しいとすら言えるであろう。
他方で、本件のような事案において、取調べ拒否を行い、従来と変わらない結果が出たことで、取調べ拒否によるデメリットを過度に恐れる必要はないこと、多くの事案において取調べ拒否という弁護方針を採り得ることを示せたように思う。取調べ拒否という弁護方針がより一般的かつ効果的なものになるよう、今後も事案の集積に貢献したい。
(『季刊刑事弁護』121号〔2025年〕を転載)
注/用語解説 [ + ]
(2025年02月05日公開)