1 「寝耳に水」のニュース
2024年も残すところあと10日余りとなった12月20日、朝日新聞朝刊1面に「再審制度見直しへ、法制審で議論 冤罪の救済、変わるか高いハードル」という見出しとともに、再審制度のあり方について、法務省が来春にも法制審議会(法制審)に諮問し、見直しを検討する方針を固めたという内容のスクープ記事が掲載されました 。法制審議会とは法務大臣の諮問機関で、大臣の諮問に応じて、民事法、刑事法その他法務に関する基本的な事項を調査審議すること等を目的として設置されています。これまで、刑法や刑事訴訟法の改正においても、法制審の取りまとめに沿った内容の法案が内閣から提出され(閣法)、国会で成立する、というパターンが常道化しています。
これまで再審法改正に消極的と報じられてきた法務省が、「法律を作るルート」に再審法改正を乗せた、とも読めるニュースに、「ようやく法務省が重い腰を上げて、再審法改正の実現に舵を切った」と受け止め、このニュースを歓迎した人も多かったと思います。
しかし、このニュースは決して素直に喜ぶことはできない、ということを、今回のコラムでお伝えしたいと思います。
2 法務省は再審法改正にどう向き合ってきたか
大正刑訴からほとんど変わらず、手続規定が著しく乏しい現行刑訴法の再審規定について、日弁連は60年以上前から改正の必要性を訴えてきました。1975年に最高裁が白鳥決定を出した直後に公表された日弁連の改正案(昭和52年改正案)を受け、1977年5月19日の参議院法務委員会で再審法制の問題がテーマとなった際、政府委員として答弁に立った伊藤栄樹法務省刑事局長は、「手直しをするとすれば、なるべく早い機会にやりたい」と発言していました。
ところが、死刑4再審の相次ぐ再審開始、再審無罪が続き、国民の再審制度への注目が集まった1980年代になると、法務省刑事局長の答弁は「いろいろな当面の問題を含めてさらに十分な検討を尽くしたい」と消極的になっていきました。その後、死刑4再審後の揺り戻しで再審開始に至る事件が激減したこともあり、再審をめぐる世論は鎮静化し、日弁連の運動も低調となったため、再審法改正という論点は長く忘れられることとなってしまいました1)。
21世紀に入り、証拠開示によって再審開始、再審無罪に至る事件が増加したことを受け、2016年の改正刑訴法の内容を検討した「法制審議会―新時代の刑事司法制度特別部会」では、再審請求手続における証拠開示の法制化についても議論されました。当初の裁判官委員(東京電力女性社員殺害事件の再審開始決定と再審無罪判決に関与した小川正持裁判官)は、自らが再審事件を審理した経験から、再審請求手続にも証拠開示について法的な手当が必要だという意見を表明していました。
しかし、法務省の推薦で法制審のメンバーとなっている刑事法学者、法務・検察、警察、そして後任の裁判官委員の反対により法制化は見送られてしまいました。もっとも、この部会の有識者委員として加わっていた村木厚子さん(元厚生労働事務次官で、郵便不正事件の冤罪被害者)や映画監督の周防正行さんの尽力によって、改正刑訴法附則9条3項で、政府において速やかに検討すべきとされた事項の一つに、「再審請求審における証拠開示」が掲げられました。
しかし、同附則9条3項を検討するため、法務省が2017年3月に非公開の協議の場として設けた「刑事手続に関する協議会」(通称「4者協議」)では、再審における証拠開示の議論はまったく進まず、2022年1月以降は会議も開かれず事実上休眠状態となってしまいました。
これとは別に、法務省は2022年7月に「改正刑訴法に関する刑事手続の在り方協議会」を、主として2016年に改正が実現した項目、とりわけ取調べの録音・録画の施行後3年後見直しを協議する場として設置しました。
ところが、袴田事件の再審開始決定が確定した2023年3月前後から、国会における再審法改正に関する質疑の場で、法務大臣や法務省刑事局長が「(再審における証拠開示については)現在、改正刑訴法に関する刑事手続の在り方協議会で有識者委員も交えて慎重に検討しているので、その議論を見守っていただきたい」と答弁するようになりました2)。実際には、この協議会で再審における証拠開示の問題が議論されたのは、協議会設置後1年4カ月も経った2023年11月から翌年3月にかけてのわずか3回で、その内容も法改正に向けた積極的な議論とは到底言えないものでした3)。
このように、法務省の刑事局長が政府委員として行った国会答弁においても、法務省がお膳立てをした協議会でも、法務省は再審法改正について極めて消極的な立ち位置に終始していました。
3 再審法改正議連と世論の動き
2024年3月に超党派の国会議員による「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」(会長:柴山昌彦衆議院議員〔自民党〕)が設立され、袴田事件の再審公判の進捗とともに入会議員数は右肩上がりに増加し、衆議院解散の直前(ちょうど袴田さんの再審無罪判決から確定までの時期と重なりました)には350名、全議員の49.4パーセントが入会するに至りました。
また、議連をバックアップするかのように、国会に再審法の改正を求める意見書を採択した地方議会も、19道府県を含む450以上に上りました(12月20日時点)。袴田さんの再審無罪確定に続いて、福井女子中学生殺人事件でも再審開始が確定し、再審法をただちに改正すべきとの世論はいまや最高潮に達していると言ってよいでしょう。
衆議院の解散総選挙により、議連のメンバーは60名ほど減少しましたが、2カ月もたたないうちにV字回復し、ついに全議員の過半数である361名に達しました。来年の通常国会で、議員立法による再審法法案の提出、可決成立が十分実現可能な情勢となったのです。
4 法務省の狙いは何か
一方、前述の「改正刑訴法に関する刑事司法の在り方協議会」では、今年の3月を最後に、再審関係の議題が検討されることはありませんでしたが、法務省は突如、11月22日と年明け2025年2月5日の在り方協議会で、再審請求審における証拠開示等に関する「論点整理」を行う方針を打ち出しました4)。これまで満足な議論も行っていないにもかかわらず、この2回でまとめに入り、協議会での議論を打ち切る、という流れは唐突でした。
そして、12月20日、法務省は突如冒頭の方針を打ち出してきたのです。毎年2月中旬に法制審の総会が行われることとなっており、くだんの協議会での論点整理は、今となっては法制審に諮問するための布石だったようにも見えます。
では、これまで再審法改正に極めて消極的、というより、改正など断固認めないという「岩盤」のような姿勢だった法務省が、なぜ一転して法制審への諮問を決めたのでしょうか。
前項で述べた世論の盛り上がり、超党派議連の議員立法への動きを見て、法務省は、もはや再審法改正は不可避と判断せざるを得なくなったものと思われます。改正が避けられないのであれば、「なるべく時間を稼ぎ、世論の鎮静化を狙い、改正するとしても最小限に食い止める」ために、国会議員の手から再審法改正マターを取り上げて、「あとは法制審に任せなさい」という戦略に舵を切ったのでしょう。法制審に議論の場を移せば、メンバーの人選も、会議の進行も、法改正の内容を検討するための資料の調製も法務省が事務局として担うことになり、法改正を意のままにコントロールできるのです。
端的に言って、今回の法務省の方針は、「議員立法潰し」としか考えられません。
朝日新聞に続き後追い記事を打ったマスコミ報道には、法制審諮問の動きを歓迎する楽観ムードのものも複数ありました。これらの記事を見たら、「法務省はちゃんとやる気になった」と誤解し、議連メンバーの中にも「自分たちが頑張らなくとも、あとは法制審に任せればいい」と考える議員が出てくることも危惧されます。そうなれば、まさに法務省の思うツボです。
再審法改正議連には、このような法務省の動きにもブレることなく、「唯一の立法機関」の構成員としての責任と誇りを持って、次の通常国会で、冤罪被害者の迅速な救済を可能にする、充実した内容の再審法改正案を議員立法として提出し、可決成立させてほしいと思います。
楽観報道の中で、袴田事件の地元紙、静岡新聞、飯塚事件などの死刑再審事件を複数抱える福岡のブロック紙西日本新聞、そして大崎事件の地元紙、南日本新聞は、法制審への諮問方針に懐疑的な記事を出しました。超党派議連の事務局長を務める井出庸生衆議院議員の地元紙、信濃毎日新聞も、12月24日付で「再審制度見直し 法務省の姿勢 楽観できず」と題する社説を展開しました 。
このコラムで再三紹介してきたとおり、袴田事件、福井女子中学生事件、名張事件、大崎事件、日野町事件などの審理の実態から、再審法改正の必要性を裏付ける「立法事実」は、もう充分すぎるほど明らかになっています。いまさら法制審で年単位の議論を行う必要はあるのでしょうか。
まだまだ救済されずにいる深刻な冤罪被害者の貴重な人生の時間をこれ以上奪うことのないよう、議員立法による迅速な法改正が実現できるか、2025年は、まさに風雲急を告げる年明けになりそうです。
【関連記事:連載「再審法改正へGO!」】
・第17回 福井女子中学生殺人事件と再審法改正の必要性
・第16回 袴田さんの再審無罪判決が改めて示した再審法改正の必要性
・第15回 知られざる再審請求審の手続の実態 その2
注/用語解説 [ + ]
(2024年12月27日公開)