連載 取調べ拒否! RAIS弁護実践報告<br>第1回

連載 取調べ拒否! RAIS弁護実践報告
第1回

連載開始にあたって

宮村啓太(取調べ拒否権を実現する会〔RAIS〕事務局長)


「取調べ拒否権を実現する会」設立

 この度、刑事弁護に携わる弁護士有志が発起人となり、「取調べ拒否権を実現する会」(Right Against Interrogation Society、代表・高野隆)を設立しました。

 被疑者が取調べで「黙秘します」と表明しても、警察官や検察官は取調べをやめません。「黙秘するといつまでも家族に会えない」「保釈も認められない」「弁護士の言うことを聞いていると不利になる」などと脅して精神的に圧迫し、被疑者を延々と「説得」し続けます。こうした「説得」に耐え続けて黙秘権行使を貫徹するためには、強靭な精神力と忍耐が求められます。これが黙秘権の保障されている憲法下でのあるべき刑事実務といえるのでしょうか。

 当会は、前近代的な刑事実務を少しでも人間的で文化的なものに変えるため、被疑者の取調べ拒否権を実現することを目指しています。

取調べ拒否権の意義

 黙秘権は、取調べで沈黙をする権利ではなく、取調べを強制されない権利です。このことは、黙秘権の歴史的沿革に照らして明らかです。常識に照らしてみても、黙秘しても際限なく取調べを強制されることが黙秘権保障の趣旨に適うとは、到底考えられません。黙秘権が保障されているわが国の憲法下では、被疑者に取調べを拒否する権利が当然に認められています。

 刑事訴訟法の研究者によっても同旨の指摘がされてきました。例えば平野龍一氏は、「黙秘権とは、答えない権利であるだけでなく、強制的な取調を受けない権利なのである。黙秘権を告知したとしても、取調の間、その面前にすわって質問を受けなければならないとすれば、黙秘権の実質的な保障はなくなってしまうからである」と述べています(『刑事訴訟法概説』〔東京大学出版会、1968年〕70頁)。

黙秘権保障の趣旨に適う弁護活動をあらためて考える必要性

 ところが、わが国の捜査機関は、被疑者が黙秘権行使の意思を表明しても「説得」などとして延々と取調べを続けます。

 横浜地検特別刑事部の検察官による取調べの違法性が問題となった国家賠償請求訴訟の第一審判決(東京地判令6・7・18LEX/DB25620432)では、黙秘権行使の意思を表明した江口大和氏に対して、検察官が「僕ちゃん」「お子ちゃま」呼ばわりしつつ、「ガキだよねあなたって。なんかね、子どもなんだよね。子どもが大きくなっちゃったみたいなね」などと罵詈雑言を浴びせた事実が認定されました。検察官が、「ちょっと視野が狭いなっていうふうに、あなたについてね、感じる部分もあって。まあごめんなさいね、さっきから偉そうに説教してるけど、あなたがしゃべらないからこうなってんだからね」などと、自らの発言が「説教」であるとしたうえで、黙秘しているから「説教」をするのだなどと述べた事実も認定されました。このようにして被疑者に忍耐を強いる事態は、憲法の黙秘権保障の趣旨とまったく相容れません。

 そのほかにも、いわゆるプレサンス事件における検察官の取調べをはじめ、取調べをめぐる問題事例が次々と明らかになり、取調べの在り方が注目されつつあります。

 これらの事例は、わが国における刑事実務の前近代的な実態を明らかにするとともに、黙秘権保障の趣旨に適う弁護活動の在り方をあらためて考える必要性を示しています。弁護人には、依頼者に取調室での忍耐を強いるのではなく、黙秘権を行使している依頼者が取調べを強制されずに済むための方策を尽くすことこそが求められているのではないでしょうか。

 以上をふまえて、当会は今後、以下の活動に取り組みます。

 ① 取調べ拒否権―黙秘する意思を何らかの方法で示した被疑者に対して捜査官が取調べを継続することを許さない権利―を保障する法律を3年以内に制定する。
 ② 在宅事件であれ身柄事件であれ、取調べを拒否することを中心とする弁護活動を積極的に展開し、その実務をスタンダードな弁護実務として定着させる。
 ③ 被疑者の取調べ拒否権こそが憲法の保障するものであり、その権利が実現されることでこの国の刑事司法が公正なものとして国際社会から信頼されるものとなることをあらゆるメディアを通じて全国民に向けて広報する。

会員から続々と寄せられている実践報告

 当会のホームページに、取調べ拒否権行使の「実践マニュアル」を掲載しています。このマニュアルは、会員の皆さんからの意見などを参考に今後も随時改訂していきます。起訴前弁護活動に臨むにあたってぜひご参照ください。

 当会の設立以降、会員から、各地における取調べ拒否権行使の実践報告が続々と寄せられています。

 これまで、取調べを拒否することは現実には難しく、身柄拘束事件での留置場からの出場拒否は実現が困難であるなどと思われてきたかもしれません。しかし、取調べ拒否権の行使は実は決して難しいものではありません。取調べを拒否する被疑者の意思を明確に表明することによって、身柄拘束されている被疑者であっても留置場から出ずに済んだ事例や、勾留質問以降に捜査機関が取調べを一切行おうとすらせずに勾留期間満期を迎えた事例などが報告されています。

 次回以降の連載では、当会に寄せられた報告をもとに、取調べ拒否権の行使事例を紹介していきます。

今こそ重要な弁護実践

 前記の横浜地検特別刑事部の検察官による江口大和氏に対する取調べは56時間以上に及びました。報道によれば、本年7月には、東京地検特別捜査部の検察官が、黙秘している被疑者に対して約205時間もの取調べをした事例について、取調べを受けた方が国家賠償請求訴訟を提起したとされています。

 こうした事例は、取調官の個々の発言に問題があるかどうかではなく、黙秘している被疑者に取調べを強制することの問題点を如実に示しているというべきです。取調官が暴言を吐かなくても、被疑者に罵詈雑言を浴びせなくても、数十時間にも及ぶ取調べを強制すること自体が黙秘権を侵害する拷問にほかなりません。

 しかし、わが国の捜査機関は、身柄拘束されている被疑者には取調べ受忍義務があるという誤った法律解釈を採用していますから、被疑者に取調室で沈黙することを助言するだけでは、取調べを阻止することができません。取調べを強制されないようにするための弁護実践に弁護人が取り組まなければ、取調べ拒否権が尊重される刑事実務の実現は不可能です。取調べの在り方が注目されつつある今こそ、黙秘権保障の趣旨に忠実な弁護実践を広げて定着させていくことが極めて重要です。

 次回以降の実践報告を参考にして、取調べ拒否権行使の弁護実践を広げ、そして被疑者に真に黙秘権が保障されている刑事実務を実現させましょう。


【編集部からのお知らせ】
 弁護士有志が「取調べ拒否権を実現する会」を立ち上げたことに触発された元裁判官の下村幸雄氏が「人質司法」の打開策として、3つの方策を、本サイトの特集「STOP人質司法!」第8回で公表しています。ご覧ください。

下村幸雄「人質司法を解体するための3つの方策」

(『季刊刑事弁護』120号〔2024年〕を転載)

(2024年10月18日公開)


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