1 袴田事件再審公判、ようやく結審
5月22日、昨年の10月27日から静岡地裁で開かれた袴田事件の再審公判がようやく結審し、判決日が9月26日と指定されました。再審開始確定から第1回公判までに7か月、第1回公判から結審までに7か月、そして再審開始確定から判決言渡しまでに1年半を要したことになります。
この間、検察官は袴田巖さんが有罪であることの主張立証を続け、5月22日の論告でも巖さんに再び死刑を求刑しました。袴田事件の再審公判がどのような経過を辿ったかについては、本サイトの小石勝朗さんによる詳細なレポートが掲載されているので、そちらを参照いただくとして、ここでは、法改正の必要性という視点から、再審公判の実情や問題点を指摘します。
2 再審公判の手続はどのように進められるか
最近では、再審請求段階に具体的な手続を定めた条文がないことがクローズアップされるようになりましたが、実は再審公判についての具体的な手続を定めた条文もありません。現行刑訴法451条に「裁判所は、再審開始の決定が確定した事件については、(中略)その審級に従い、さらに審判をしなければならない」と書いてあるだけです。
では、その再審公判の手続はどのように進められるべきでしょうか。再審開始決定によって見直しを迫られた原判決との関係で、大きく二つの考え方があります1)。
一つは、続審(更新)説と呼ばれるもので、再審公判を「確定審の手続を有罪判決が出る前の状態に巻き戻して審理を再開するもの」と位置づけ、公判手続の更新(現行刑訴法315条、刑訴規則213条、213条の2)に準じた手続で進めます。この考え方に拠った場合、確定審段階で提出された証拠(旧証拠)は原則として再審公判にも当然に引き継がれることになります。裁判所は弁護人・検察官の双方が排除することに同意した旧証拠のほかは、すべて職権で証拠採用し、その上で再審請求段階で提出された証拠を加えて判決をしていきます。ただ、再審請求段階で「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」として提出された新証拠は、再審公判では改めて証拠能力が吟味されるため、検察官が不同意の意見を述べることもあります。このように、続審説では確定審段階の証拠については当然に再審公判に引き継がれるため、審理の迅速化に繋がりますが、再審請求段階で請求人側が提出した証拠の証拠能力を検察官が争った場合、例えば再審請求段階で初めて開示された、請求人に有利な供述調書を、検察官が不同意にしたような場合には、事件から数十年経過後の再審公判の法廷に供述者を呼んで尋問を行う、という事態を招き、かえって公判に時間を要することになってしまいます。
もう一つは、覆審(やり直し)説と呼ばれるものです。これは、再審公判を確定審の「続き」と位置づけず、新しく最初から公判をやり直すという考え方です。この説に立つと確定審段階で取り調べられた旧証拠は当然には再審公判に引き継がれず、改めて当事者が証拠請求し、証拠意見を出し、裁判所が採否を決めるため、審理が重厚化・長期化することになります。
これまでに行われた再審公判では、公判前の進行協議において、弁護側が続審説、検察側が覆審説に立って手続を進めるべきと主張し、裁判所は続審説を採用するというケースが比較的多いようです。しかし、例えば松橋事件では、早期の無罪判決の獲得を優先し、確定審段階の有罪認定を支えていた旧証拠を排除するために、あえて覆審説を取り、1回の審理で終結するなど、その事件の証拠関係、検察官の立証方針(有罪立証を行うか否か)、被告人(「有罪の言渡しを受けた者」)の年齢や健康状態によってさまざまなバリエーションがあり、「これが正解」というものが定まっていないのが現実です2)。
3 再審請求手続と再審公判の関係
次に、再審開始決定が再審公判の判断を拘束するか、という問題があります。再審請求手続を、あくまで「裁判のやり直しの要件を満たすか否か」を決する前裁きに過ぎないと考えれば、「被告人が有罪か無罪か」を決める再審公判とは審理の対象が異なり、前者は後者を拘束しないという考えに傾きます。一方、再審請求手続が、実際には有罪無罪の判断を先取りする実体判断の場になっている現状から、再審公判で同じ問題を蒸し返すことは請求人の雪冤を長引かせ、過大な負担を強いるとして、再審開始決定に何らかの拘束力を認めるべき、という見解も傾聴に値します。
実務では、再審開始決定の法的拘束力を認めることについては消極に解されています。しかし、再審請求段階で43年もの歳月が経過し、とりわけ5点の衣類の「色」問題をめぐる主張立証に特化し、多くの鑑定書が提出され、検察官も味噌漬け実験を行うなどして審理に2年3か月を要した第2次差戻し後抗告審を経て再審開始が確定した袴田事件の再審公判で、検察官が有罪主張の中で再び「色」問題を争い、新たな鑑定書を提出、証人尋問も行った経緯を目の当たりにすると、このような蒸し返しを無条件で認めることの不正義を強く感じずにはいられません。
また、検察官が再審公判において、確定審や再審請求段階での主張立証とは別の新たな争点を形成して有罪主張を行うことは、憲法39条の二重の危険禁止との関係でも問題です3)。
4 日弁連意見書における再審公判に関する改正条項案
日弁連はかつて、再審請求手続が極めて重厚化し、有罪無罪の実体判断の先取りの場となっている現実を踏まえ、再審公判では再審開始決定の判断に拘束されるとの見解を取ってきました4)。しかし、立法論としては、再審請求手続を「確定判決を見直すべきか」を決める前裁きの場としてライト化し、検察官抗告も禁止し、ただちに再審公判に進むべきという観点から、再審公判で検察官が有罪を争う機会については認めることを前提に、改正条項案を検討することとしました。
もっとも、再審請求段階で十分な主張反論の機会を経た証拠について、再審公判でその証拠能力を争うことは、不当な蒸し返しに繋がることから、「再審請求手続においてした証人その他の者の尋問、請求人質問、検証及び鑑定の結果を記載した書面並びに再審請求手続において取り調べた書面及び物」については、裁判所は原則として、職権でこれらを証拠書類又は証拠物として取り調べなければならないとしました(451条の2第1項)。
5 今後の課題
再審公判のあり方は、再審請求手続のあり方と切り離して論じることはできません。その意味で、現行法のもと、時間的にも労力的にも請求人に多大な負担を強いている再審請求段階を経た事件で、再審公判をどのように進めるべきかという問題と、今後の再審請求手続と再審公判の関係をどのように構築するかという制度設計の問題は、分けて考えることが必要です。
【関連記事:連載「再審法改正へGO!」】
・第11回 再審における「前審関与」問題
・第10回 名張事件にみる再審法の不備と日弁連の改正案 その2
・第9回 名張事件にみる再審法の不備と日弁連の改正案 その1
注/用語解説 [ + ]
(2024年06月05日公開)